六月も中頃のある日、光は一人で駅前のショッピング街でウィンドーショッピングをしていた。本当は幼馴染の彼と来るつもりだったのだが、彼の方の都合が悪いとのことで断られたのだった。
「あーあ、やっぱり一人で見てもつまらないなー。そろそろ帰ろうかな?」
 一通り目当ての店を見て光がぶらぶらしながら自宅に帰ろうとした時、向こうの方に見知った二人を見つけて、光は息を飲んだ。
「あれは、浩明くんと琴子…どうして一緒にいるの?」
 そこにいたのは光の幼馴染の天城浩明と光の中学からの友人、水無月琴子だった。光の目には最初に会ったときから浩明と琴子が衝突しているように見えたので内心心苦しかったのだが、今まで想像もしていなかった光景を目の当たりにして光の頭は混乱した。
『何で?どうして浩明君と琴子が一緒にいるの?私には用事があるって言ったじゃない。それって琴子との用事だったの?』
 浩明と琴子はその場に光がいることに気付いていなかった。光は二人が楽しそうに笑いながらアクセサリーをいろいろ手にとって見ているのに耐えられなくなり、その場を走り去った。

「そっか、浩明君と琴子…私実はおじゃま虫だったのかな?」
 そのまま周りに目もくれずに何も考えないで走り、気がつくと光は自宅近くの小さな公園に来ていた。ここは昔、光と浩明が転校する前におままごとをした場所だった。光はそのときにここで浩明との会話を思い出していた。
「バカって言った方がバカ、か… バカは私だったんだね。二人のこと何も知らなかった。あの二人は普段喧嘩ばっかりしてるから仲が悪いんだと思ってたけど、本当は反対だったんだね。あんなに楽しそうな二人、私の前では見せたこと無かったよ」
 光の頭の中に、またさっきの楽しそうな二人の絵が浮かんできた。光はまた声を押し殺すようにして泣いたのだった。

 次の日、光は元気の出ないまま学校に向かっていた。校門近くで琴子の姿を見つけたが、今日の光には琴子に声をかけることが出来なかった。
 学校にいる間、光は浩明と琴子を避けるように休み時間ごとに教室を飛び出していた。浩明のクラスメートの坂城匠と穂刈純一郎から、浩明が休み時間に光の事を探していたことを知らされたが、浩明に顔を合わせる気にはなれず、授業が全部終わると早々に荷物をまとめて部活に向かったのだった。光がそのまま昇降口を抜け部室棟に向かおうとしていたとき、後ろからものすごい勢いで走ってくる足音が聞こえ、呼び止められた。
「光!やっと見つけた」
 光はその声の主が誰かすぐに理解し、振り返らずに走り去ろうとした。しかし、それよりも早く浩明の手が光の手首を掴む。
「光、何で逃げるんだよ!」
 その声に光が振り向く。浩明は光の表情を見て握った手を思わず緩めてしまった。その隙に光は浩明の手を振り払い、その場を走り去っていった。
「…なんで泣いてんだよ、光…」

 結局光は目を腫らしたまま部活に参加することも出来ず、校舎の周りをぶらぶらしていた。この時間帯だと浩明も琴子も部活中だから二人に出会うことも無いだろうと思ったからだ。
「はぁ… もう、やだよ。浩明君とも琴子とも顔合わせられないよ…」
 そのままトボトボと光が歩いていると、いつの間にか体育館横に出た。光は体育館横の石段にゆっくりと腰を下ろした。
「あの…陽ノ下さん、どうしたのですか?」
 誰もいないと思っていたところにいきなり声をかけられて光は飛び上がらんばかりに驚き、慌てて振り向くと、そこには演劇部の白雪美帆が立っていた。
「あっ、すいません、驚かせてしまいましたか?何か悩んでおられるようだったので」
「…うん、ちょっとね」
 光がそう言ったまままた俯いてしまったので、美帆は少し考え込むと鞄の中から何かを取り出して、ごそごそやり始めた。光がきょとんとした目で見ていると、美帆は光の方を向き、
「幼馴染と親友のことで悩んでいるのですね」
と言った。光は見事に悩んでいたことを言い当てられたのに驚いて、
「えっ、白雪さん、どうしてわかったの?」
「占いましたから。結構色々なことがわかるんですよ」
 そう言って、美帆は光に微笑みかけ、言葉を続けた。
「陽ノ下さん、あなたには『信じることをやめたとき、真の悲劇が訪れる』と出ています。…それをどう捕らえるかはあなた次第ですよ。」
 そう言って、美帆は光の手をぎゅっと握ると、部活が始まるからといって体育館の中へと戻っていってしまった。光がその言葉を噛み締めていると、向こうから浩明が走ってくるのが見えた。光はまた逃げ出そうとしたが、さっきの美帆の言葉を思い出してその場に踏みとどまった。
「おい、光、さっきは何で泣いてたんだよ?」
 光は慌てて目元をぬぐいながら、
「えへへ、なんでもないの。ところで、何の用?」
「光、今度の日曜日空いてるか?」
「えっ、うん、何も予定は入ってないけど?」
「よかったら一日付き合ってくれないか?」
 浩明のその言葉に光の表情がぱぁっと明るくなり、
「うん、いいよ!どこで待ち合わせする?」
「そうだな…駅前の広場でいいか?」
「うんっ!それじゃ私部活に行ってくるね」
 そう言って、光はグラウンドの方に走っていった。まだ、少し胸の中にもやもやとしたものは残っていたが。

 そして、日曜日、光と浩明は休日をデートで思いっきり楽しんだ。デートが終わり、浩明が光を家まで送ると別れ際に光を呼び止めて、鞄の中から何かを取り出し、それを光に渡した。
「何、これ?」
 光がわけがわからずきょとんとしていると、浩明は照れくさそうに、
「今日、光の誕生日だろ?誕生日プレゼント」
「えっ、開けてもいい?」
「ああ、いいよ」
 光が包み紙を開けると、そこにはガラス細工の置物が入っていた。
「わぁ、可愛い!浩明君、ありがとう!」
 光がプレゼントに喜んでいると、浩明が、
「いや、やっぱり水無月さんにお願いしてよかったな」
 その言葉に光が一瞬表情を曇らせ、
「えっ、…どういうこと?」
「いや、俺ってセンスないからさ。水無月さんなら光の好きそうなもの知ってるかなって。でも、『光を本当に喜ばせたいんだったら自分で選びなさい。一応私もあんたが変なもの選ばないようについてってあげるけど』って言われちまったよ。でも、結局色々と助言してくれて、『光が喜ぶといいわね』って励ましてくれたんだ」
 そう言って顔を真っ赤にしている浩明を見て、光は自分が勘違いで落ち込んでいたことに気付き、無性におかしくなって笑い出した。
「えっ、どうしたんだ?いきなり笑い出したりして」
「えっ、いや、私ってバカだなーって思ってね」
「まぁ、バカって言うやつはバカだからな。しょうがない」
 浩明のその言葉に光は笑うのをやめて頬を膨らませた。
「もう、バカっ!」
 そうして二人で顔を見合わせると、今度は二人で笑い出したのだった。

終わり

 卒業式も間近に迫った2月22日、美樹原愛は自宅の自分の部屋でくつろいでいた。
 玄関のチャイムが鳴り、愛の母が玄関に出て行ったようだ。愛がそのまま部屋で雑誌を読んでいると、母がちょっと困った顔で愛の部屋に入ってきた。
「愛、館林さんが来てるんだけど…」
「……どうしたの?」
「ちょっと…泣いてるみたいなのよ…」
 母の言葉に愛が慌てて玄関に出て行くと、そこには目を泣き腫らした館林見晴が立っていた。
「見晴ちゃん、どうしたの? どうして泣いてるの?」
 しかし、見晴は何もいわず泣いているだけだった。愛はとりあえず見晴を自分の部屋に上げることにした。

 愛は見晴を部屋に上げると台所に出てゆき、ホットチョコを2つ持って部屋に戻ってきた。
「はい、見晴ちゃん、これ飲んで。体冷えてるでしょ?」
「うん……」
 見晴は愛からカップを受け取ると少し口をつけた。
「熱い… でも、おいしい…」
 愛は見晴が落ち着いて、自分から話し出すのを待った。しばらく見晴は何も話さずに少しづつホットチョコを飲んでいた。
 1時間ほどの沈黙の後、見晴が口を開いた。
「あのね……」
「うん……」
 見晴はまだ頭の中で言葉を整理できていないようで何か少し言いかけては言葉を詰まらせてまた黙り込んでしまった。
「あのね…」
「うん?」
「私ね… 今朝、あの人に電話したの… 中央公園に来て欲しいって…」
 見晴は意を決したようにぽつりぽつりとだが、これまでにあったことを話し始めた。
「無理なお願いだってわかってた。来てくれるはずなんてないって思ってた…」
 見晴の話しているあの人とは、愛の親友である藤崎詩織の幼馴染である人である。愛は彼の目が詩織に向いていることを知っていたのだが見晴の思いが真剣なのを知っているため、それに万が一にでも彼の心変わりがあるかもしれないので、諦めろとは言えなかった。
「それで、どうだったの?」
「あの人は来てくれてた… 本当、優しいよね…」
 愛はきっと彼は行っただろうと思っていた。彼はとても人がよくて何でも頼まれると嫌とは言えない人だから。そしてそのために彼と詩織との間に何度も確執が出来ていたのも知っていたから。
「それから二人で並木道を歩いたの… 前からこの時が来たらあれを話そう、これを話そうって考えてたのに、いざその時が来ると頭が真っ白になって何も話せなかったよ…」
 愛にはその気持ちが痛いほどよくわかった。
 愛も一時期彼に憧れていた時があった。愛の場合、彼とそして何より詩織との距離が近すぎたため、それが恋愛に移行することはなかったのだが…
「そして、二人でベンチに座って、やっと少しづつお話できるようになったの… 私が一方的に喋って、彼はうんうんと頷いてただけだったけど… すごく嬉しかったの、普通にあの人とお話できたのが…」
「……」
「本当はもっと色々、映画を見に行ったり、一緒にウインドゥショッピングをしたりしたかった… でも、急に呼び出しておいてそんなにあの人を拘束することは出来ないから…」
「そんなことないよ、あの人ならきっと見晴ちゃんのしたいことを…」
 見晴は分かってるといった風に首を横に振った。
「うん、分かってるよ… でも、だからこそ言えなかったの… きっと彼は笑顔でOKしてくれるから…」
 愛はその言葉に二の句が告げられなかった。
 確かに彼は見晴が一緒に映画やショッピングに行ってほしいといったら、OKするだろう。今日、見晴はきっと一世一代の決心で中央公園に向かったのだろうから、彼はその見晴の姿を見て嫌だといえる人間ではなかったからだ。たとえそれが、もっと見晴のことを傷つける結果になっても…
「それでさっき、私が愛ちゃんの家に来るちょっと前、私たちはお話するのを止めたの… 本当はもっと話してたかったけど、あの人に迷惑をかけるといけないから…」
 見晴の肩が少し小刻みに震えていた。愛はついに見晴にとって一番辛かった時の話をするんだと直感した。
「並木道を来たのと同じ道を戻る途中で、私… 彼に言っちゃったの…」
 愛は見晴が言った言葉を想像できた。だが、それを口には出さなかった。
「私… あなたと… この道を… 歩くのが… 夢… だったの… って……」
 そこまで言って、また見晴の目に涙があふれてきた。愛は優しく見晴の頭を抱きしめた。
「頑張ったんだね、見晴ちゃん…」
「それで、中央公園の入り口に戻ってきたの… 私… ここを逃したらもう告白できないと思って… 思い切って告白しようとしたの… でも… でも………」
「もう…もういいよ、見晴ちゃん…」
 しかし、見晴は首を横に振って、
「私… あなたのことが… って… ここまで言うのが精一杯だったの……」
 愛は見晴の頭を抱いている手にぎゅっと力を入れた。見晴は堰が切れたように思いっきり泣いていた…

 しばらくして、ようやく見晴は落ち着きを取り戻し始めた。その間、愛は無言で見晴を抱きしめていた。
「ありがとう、愛ちゃん。 …もう大丈夫だよ」
「本当に大丈夫?」
 心配している愛を安心させるため、見晴は笑顔を作って、
「うん。ごめんね、愛ちゃん。…私、帰るね」
 見晴と愛は部屋を出て、玄関に向かった。玄関で、見晴は愛に耳打ちした。
「私、この恋はこういう風に終わっちゃったけど、後悔はしていないよ。あの人を見続けた3年間、とても充実してた。この恋がなかったらこんな充実した高校生活を送れなかったと思うの。だから、私、あの人に会えてよかったって胸を張っていえるよ」
「そう、だったらよかった。もう大丈夫だね?」
「うん、大丈夫だよ!」
 そういって、見晴は笑顔で愛の家を出て行った。愛はそれの中に強がりが少し混じっているのを分かっていたが、いつか見晴が本心からそういえる日が来ると思っていた。

終わり

「あら、哲司君アルバイト始めるのね」
 華澄は手元にアルバイト申請書を見て呟いた。
 麻生華澄はひびきの高校三年生の担任を持っている先生である。今年新任教師として赴任してきたばかりなのだが、爆裂山校長の強烈なプッシュによっていきなり三年生の担任を任されたのだった。
「まあ、哲司君は成績には問題ないけど、来年受験を控えてるのに新しくバイトを始めるのはどうなのかしら…」
 華澄が受け持っている生徒の中に宮原哲司がいた。哲司と華澄は小さな頃からの知り合いで、そのせいか華澄は彼のことを他の生徒より注意して見ていた。
 成績は優秀だし、運動も出来てルックスもよく、性格も優しいので哲司は他の女子生徒の中でひそかに人気になっていた。
 哲司はそれを鼻にかけることなく誰とでも分け隔てなく対応するので余計に人気になるのだった。
 華澄は書類に判を押すと、それを学年主任のところまで持っていった。
 華澄が職員室で一仕事終えて廊下に出ると、そこでばったり哲司と光に会った。
 光は哲司の幼馴染で、昔は華澄と哲司と光でよく一緒に遊びに行っていた。光は昔から哲司のことが好きで、今もその気持ちは変わっていないようだった。
「あっ、華澄先生」
「あら、哲司君と光ちゃん。部活は終わったの?」
 哲司と光は陸上部に所属していた。光は100m、200mの選手で哲司は5000m、10000mの選手だった。
「うん、今終わったところだよ」
 光がにこやかに言う。
「ねえねえ、華澄先生、聞いて!さっき哲司君ったらね、集合かかったとき横着してまとめてあったハードル飛び越えていこうとして、それに足引っ掛けて転んだんだよ!」
「あっ、光、それは内緒にしてくれって言ったのに!」
「おっかしいよねー! そんな運動神経で大会大丈夫なの?」
 光のからかいに哲司は顔を真っ赤にして
「言ったなー。見てろよ、次の大会ではぶっちぎりで優勝してやるからな!」
 華澄はそんな二人を微笑んでみていた。昔から知っている二人が今も仲良くやっていることが嬉しかったのだ。しかし、自分の心の中にもう一つの気持ちがあることにも気付いていた。
「それじゃ、二人とも寄り道しないで帰るのよ」
 二人が歩いていくのを見て、華澄は溜息をついた。
「ふぅ…」
 溜息の原因は認識できていた。華澄は去年、教育実習に来たときからの想い。哲司のことを好きになってしまったのだ。

 教育実習生としてやってきた初日、哲司は華澄に話しかけてきた。華澄は最初誰だか分からなかったが、よく見ると顔のところどころに過去の面影があった。
「えっ、哲司君!」
 華澄が理解して名前を呼ぶと、哲司はさわやかに笑った。その笑い顔は華澄が知っていた哲司そのものだった。
「はい、お久しぶりです」
「えーっ、久しぶり。いつ戻ってきたの?」
「高校に入ってからですよ」
 久しぶりに再会した哲司は昔とは違う人間になっているように華澄には見えた。勉学、運動とも学校内でもトップクラス、ルックスもよくウィットに富んだ会話も出来、よく気がついて優しいという正に完璧な人間になっていたのだった。
 華澄はたった二週間だったがそんな哲司に惹かれていった。しかし、教育実習生とはいえ、教師と生徒の恋愛はよくないと思い、また、光がまだ哲司のことを好きなのを知って、その気持ちを封印したのだった。
 教育実習が終わったあと、哲司はどこで番号を調べたのか華澄のもとへ電話を掛けてきた。
「もしもし、宮原ですけど華澄さんですか?」
「あら、哲司君。よくここの番号が分かったわね。どうしたの?」
「急で悪いんですが、今度の日曜日空いてますか? よければ一緒に紅葉見学に行きませんか?」
「ご、ごめんね。その日は用事があるの」
 本当は用事なんてなかった。デートの誘いは嬉しかったのだが、ただ、光のことを考えるとそれを受けることは出来なかった。
「そうですか、それじゃしょうがないですね。また今度誘ってもいいですか?」
「え、ええ、時間が空いてたらね」
 そう言って華澄は電話を切った。華澄はまだどきどきしている胸に手を当て、ふうっと息をついたのだった。
 その後も哲司は何回か電話を掛けてきたのだが、華澄は毎回何か理由をつけてその誘いを断ってきた。
 そして、華澄は大学を卒業してひびきの高校へ先生としてやってきた。
 その頃からパタッと哲司からの電話がなくなったのだった。華澄はほっとした気持ち半分、残念な気持ち半分でそのことを受け入れたのだった。

 そして、哲司がバイトを始めて数ヶ月が経った。哲司はバイトをやりながらも勉学や部活動を疎かにする事はなかった。テストは学年で一番だったし、陸上の大会でも光に宣言したとおり優勝して見せた。
 十月九日の夜、華澄の誕生日に電話がなった。それは久しぶりに哲司からかかってきた電話だった。
「華澄さん、夜分遅くすみません」
「いいのよ。ところでどうしたの?」
「河川敷公園まで出て来れませんか? お願いします!」
 そう言って、哲司は一方的に電話を切った。華澄は身支度を整えるとすぐに河川敷公園に向かったのだった。
 河川敷公園に着くと、哲司はもうそこで待っていた。
「すいません、華澄先生」
「いいえ、いいのよ。ところでどうしたの?」
「どうしても今日中にこれを渡したくて」
 そういって哲司が渡したものは指輪だった。超高級品ではないにしても、これは十万円以上するだろう。
「哲司君、こんな高価なもの受け取れないわ」
「いえ、受け取ってください。それは俺の気持ちなんだから」
「哲司君の…気持ち?」
 華澄にとってその言葉は幸せの絶頂に気持ちを持っていくものだった。しかし、光のことを考えると、素直にその気持ちを受け入れるわけにはいかなかった。
「でも、哲司君には光ちゃんが…」
「光には華澄さんが去年教育実習に来たときに自分の気持ちを話しています。俺が好きなのは華澄さんだから光の気持ちには応えられないって」
「えっ…」
 華澄はその言葉にびっくりした。二人の普段の会話を見ているとそんなそぶりは一向に見えなかった。
「教師と生徒の恋愛はご法度だってことも理解してます。だから華澄さんがひびきのに先生として赴任してきてからは華澄さんに電話するのも控えました。でも、今日は、今日だけは俺の気持ちを言わせてください」
 華澄は本心はすぐにでも首を縦に振って哲司に抱きつきたかった。しかし、教師としての理性がそれを押しとどめた。
「返事は、返事はあなたが卒業するまで待って。あなたの言葉は嬉しかった。でも、今あなたのその言葉を受け入れてしまうと、私とあなたは先生と生徒じゃいられなくなると思うの。私はそんな弱い女なのよ」
「…わかりました。卒業するまで返事は待ちます。指輪は華澄さんが持っててください。いらなくなったら捨ててもいいので」
「…わかったわ。大切に預かるわ」
「それじゃ帰りましょう、送りますよ、華澄さん」
「いいえ、他の人に見られたら大変だから…」
「そうですか。それじゃまた明日学校で」
 そう言って哲司は帰っていった。華澄はしばらくの間哲司がくれた指輪をケース後とぎゅっと抱きしめていた。

 そして、卒業式の日がやってきた。華澄はやることが全部終わると、校内に哲司の姿を探した。
「哲司君…」
 中庭の伝説の鐘の前、哲司はいた。
「華澄先生…」
「やっと見つかった。あなたを探してたの」
 そう言うと、華澄は哲司の目の前に立った。
「あなたが卒業した今なら私も自分の気持ちに素直になれる。 …あなたが好きです」
「華澄さん…」
「今までごめんなさい。私、本当は嬉しかった。哲司君が電話をくれるのが。だから、私が先生になって哲司君が電話をくれなくなったとき、凄く寂しかった」
 華澄はそう言うとポケットから何かを取り出した。それは哲司が華澄にあげた指輪のケースだった。
「誕生日、あなたが指輪をくれて凄く嬉しかった。本当よ」
「俺も、嬉しいよ。華澄さんが俺を好きだって言ってくれて」
 そう言うと、哲司は華澄にキスをした。そして、華澄から指輪のケースを受け取ると、中から指輪を出した。
「指にはめてもいい?」
 哲司のその言葉に華澄は首を縦に振った。指輪はぴったりと華澄の薬指に収まった。
「華澄さん、この一年半の分も取り戻すくらい幸せになろうね」
「…うん!」

「うーん、どの服を着ていこうかな…」
 光はうきうきした気持ちで明日のデートに着ていく服を選んでいた。光の幼馴染がサーカスのチケットが2枚手に入ったから、といって光を誘ってくれたのだ。
「でも、デートに誘われるのなんて久しぶりだなぁ。よーし、明日は思いっきり楽しんじゃうぞ!」

 そして次の日、光は待ち合わせ場所であるバス停の近くで幼馴染を待っていた。
「うーん、遅いなぁ…どうしちゃったんだろう、もうサーカス始まっちゃうよ」
 その時、その幼馴染が向こうの方から走ってくるのが見えた。
「もう、遅いよ!」
「わりぃ、遅れた…」
 慌てて走ってきて息を切らしている彼を見て光はくすっと笑った。
「もう、しょうがないなぁ。さぁ、サーカス見に行こ!」

 バス停から少し離れたところ、スタジアムの向かいの空き地にサーカスのテントは立っていた。もうすぐ始まる時間なので、少しずつ人が集まり始めていた。
「うーん、なんかワクワクしちゃうね。サーカスを生で見るのなんて初めて!」
 光は初めて見るサーカスに目を輝かせていた。彼はそんな光を見て微笑んでいた。
「あっ、そろそろ入らないと」
 光達がテントの中に入ると、客席は3分くらい埋まっていた。
「去年より入りが悪いな…」
「? 去年もサーカス見に来たの?」
「ああ、去年は半分は埋まってたんだけどな…」
 彼はそう言って考え込んでしまった。光は彼のその様子を見て声をかけられないままサーカスの開演時間を迎えた。
『うーん、ちょっと期待はずれかな?まあ、大きなサーカス団じゃないからそんな凄いことは出来ないのかもしれないけど…』
 光にはこれは凄い、と思うものが特に無いままサーカスは進展していき、最後の空中ブランコまで演目が進んだ。その空中ブランコを行う少女が出てきたとき、彼の反応が少し変わった。光はちょっと不審に思いながらもその少女の空中ブランコに目を向けた。
『へぇ、この娘のブランコは凄いかも』
 大掛かりな設備があるわけではないので見た目は地味だったが、その少女の空中ブランコは光の目を引き付けた。まだ荒削りなところもあるが動きに華やかさを感じたのだった。
 演技を終わり会場の観客に手を振っていたその少女がこっちを向くと誰かを見つけたようで飛び跳ねながら更に大きく手を振った。観客の歓声で彼女の声は消されていたが、その口は光の幼馴染の彼の名前を呼んでいるように見えた。
 ゆっくりと隣を見ると彼が苦笑しながら彼女に手を振り返していた。光はその彼の姿を見てとてもショックを受けた。
 そして、少女が一度袖に下がってからサーカス団全員が舞台に出てきてカーテンコールを行い、サーカスは終了した。光達は外に出て、サーカスの感想を話していた。
「最後の空中ブランコは凄かったね。」
「ああ、そうだな」
 光は一生懸命彼に話し掛けているのだが、彼はどこかそわそわした様子を見せていた。
「…どうしたの?」
「…いや、なんでもない」
「それじゃ、一緒に帰らない?」
 しかし、彼はすまなそうな顔をして光に謝った。
「ごめん、ちょっと用事があるんだ。先に帰っててくれるか?」
 光はその言葉を聞いて、
「あっ、そうだよね、あなたにも用があるものね。急に誘ってごめんね。それじゃ、また明日学校でね。」
と言って、走って帰っていってしまった。光の瞳には涙が浮かんでいるように見えた。
「どうしたっていうんだ、あいつ。…まぁ、いいか」
 そういって、彼はサーカスのテント裏へ向かった。

「あっ、来てくれたんですね!席に姿が見えたんで来てくれるかなって思ってたんですよ!」
 彼が会いに来たのはサーカスで空中ブランコをやっていた野咲すみれだった。すみれは彼の姿を見るなりそばまで走り寄ってきた。
「あぁ、去年『会いに来る』って約束したからね。去年より上手になってたじゃない、ブランコ」
「ありがとうございます!!ところで一緒にいた女の人は…よかったんですか?」
 すみれはちょっと不安そうな顔で聞いてきた。彼は照れながら手を振って、
「いや、あいつはただの幼馴染だから。すみれちゃんは気にしないでいいんだよ」
「そうですか…?それならいいんですけど」
「おや、こんにちは」
 その時、テントの奥の方から誰かが出てきた。
「あっ、団長さん、お久しぶりです」
 出てきたのはこのサーカスの団長、すみれの父だった。すみれの父は嬉しそうに彼の手を握った。
「いやー、今年も来てくれたんだね。すみれも楽しみにして毎日観客の中に君がいないか探していたんだよ」
「もう、パパ!」
 すみれの父の台詞にすみれは顔を赤くした。すみれの父はそれを見て笑い、すみれに言った。
「すみれ、今日の後片付けはいいから、彼とどこかに行ってきなさい」
「もう、パパったら!そんな事急に言っても迷惑よ!」
「いや、俺は構わないよ、すみれちゃん」
 すみれの父はそれを聞いてとても喜び、二人を追い出すように急かした。二人はテントを出て、街の方へ向かって歩き始めた。
「ところですみれちゃんはどこに行きたい?」
 すみれはおずおずと小さい声で言った。
「あの、私、あなたの通ってる学校に行ってみたいんですけど…駄目、ですよね?」
「えっ、いや別に構わないけど。でも、そんなところへ行って面白いの?」
「はい、行ってみたいです」
 彼はそんなところに連れて行っても時間の無駄で面白くないのではとも思ったが、すみれがどうしてもと言うのだからその通りにしてあげようと決めた。
「それじゃ、ちょっと遠いけどうちの学校に行ってみる?」
「は、はい!」

 そのころ、光は自分の部屋に戻り、ベッドに顔を埋めて泣いていた。
「どうして、どうして私の思いはあの人に届かないんだろう…」
 小さい頃から一緒にいて、その事が当たり前だとその時は思っていた。しかし、小学三年になる春に彼が転校して目の前からいなくなったときに光は初めて自分が彼のことが好きだったことに気付いた。
 その後、連絡先がわからずお互い連絡をとらないまま高校生になり、ひびきの高校で再会した。光はその間彼のことを忘れたことは無かった。そして、彼と再会したとき、光は心に決めた。七年前、彼と別れたとき光は泣いていた。そして、彼は光が泣いているのを見て悲しい顔をしていた。だから、今度こそ彼の前では泣かないと心に決めた。再び彼を悲しませることが無い様にしようと。しかし、その決心も崩れてしまいそうだった。
「琴子、華澄さん…私、くじけちゃいそうだよ…」

 次の日、光は彼とまともに顔をあわせることが出来なかった。彼は光に話し掛けてきたが、光は彼と向き合うことが出来ないまま、その日の放課後になった。光が心の中のもやもやを走ることで無くそうと無我夢中に走った。
「陽ノ下!」
「…はい、なんでしょう、コーチ」
 その様子を見かねた陸上部のコーチが光を呼び止めた。
「今日はもう練習いいから帰って休め」
「で、でも!」
「そんな状態で走ってもいいことなんか何も無い。いいから今日は帰れ」
 コーチに強く言われて、光はしょうがなく部室に戻って制服に着替え帰路につこうとした。校門の前まで来たところで光は誰かに呼び止められた。
「あの、ちょっといいですか?」
 そこに立っていたのは、あのサーカスで空中ブランコをしていた少女、野咲すみれだった。
「あ、あなたは…」
「あの、昨日、あの人と一緒にサーカスに来ていた方ですよね?」
 光はあの方とは幼馴染の彼を指しているんだろうと思った。
「ええ、そうだけど、あなたは?」
「わたし、野咲すみれと言います。あなたは陽ノ下光さんですよね?」
 光はすみれが名前を知っていることに驚き、次に悲しくなった。
『彼はすみれちゃんにそこまで話してるんだ。私にはすみれちゃんの事なんか話してくれなかったのに…』
「うん、そうだけど、何かな?」
 すみれはちょっとあたりをきょろきょろしていた。
「ちょっと、場所を変えませんか?」
「うん、いいけど…それじゃ、こっちの伝説の鐘がある方に行こうよ。この時期だと誰もいないから。」
 そう言って、二人は伝説の鐘の前へと移動した。冷え切ったベンチに二人で座り、少しの間沈黙があった。二人とも言いたい事があるが言い出せないといった様子だった。
「あ、あの…」
 最初に口を開いたのはすみれだった。
「陽ノ下さんは、彼のことどう思ってるんですか?」
「えっ、そ、そんな事言えないよ…」
「お願いです、正直に答えてください!」
 光はすみれの真面目な目を見て、誤魔化すのを止め、正直に自分の気持ちを吐露した。
「うん、好きだよ!私は昔から彼のことを思ってた!この気持ちは絶対に誰にも負けない!」
 すみれはその言葉を聞いて吹っ切れたような顔になった。
「そうですか。それを聞いて私も気持ちに整理がつきました」
「えっ、それって…」
 どういうこと?と言おうとした光の言葉を遮ってすみれは話し始めた。
「すいません、私の言うことを聞いていただけますか?」
「えっ、うん、いいけど…」
 それを聞いてすみれは心を決めたように話し始めた。

 すみれと彼は学校に着いた。彼はすみれに校内の色々なところを案内して、最後に伝説の鐘の前に来た。
「そういえば、この鐘には伝説があるんだよ」
「へぇ、どんなですか?」
 すみれは凄く興味があるようで彼に聞いてきた。
「卒業式の日にこの鐘の前で女の子から告白してその時に鐘が鳴ったらそのカップルは永遠に幸せになれるんだってさ」
「へぇ、そうなんですか。」
「まあ、ただの伝説だろうけどね。」
「そうだとしても夢があると思います!」
 そんな風に力説しているすみれを彼は微笑んで見ていた。すると、すみれは急に真剣な顔になり、
「すいません、ちょっと聞いていただけますか?」
 すみれの様子が急変したのに彼はちょっと驚いたようだが、すぐにOKした。
「いいけど…どうしたの、急に」
「驚かないで聞いてくださいね。私、あなたのことが…好きです。」
「えっ?」
 彼はいきなりのすみれの告白に驚いたようだったが、すぐにちょっとすまなそうな顔になって言った。
「ごめん、その気持ちには応えられないよ」
 すみれは泣き笑いの表情でその言葉を受け止めた。
「そう、ですよね。ごめんなさい」
「いや、すみれちゃんが謝ることなんて無いよ。…俺、もう心に決めた人がいるんだ。陽ノ下光って言う今日サーカスに連れてきた女の子なんだけど、俺の幼馴染なんだ。昔からずっと好きだった。俺、昔この町に住んでて、小学三年になるとき転校してるんだ。引越しの日、光が俺の乗った車を泣きながら追いかけてきたのがずっと胸につかえていたんだ。そしてその事が忘れられないまま、ここに進学することになってこの町に戻って来た。そして、入学式の日に偶然俺と光は再会した。その時、俺は心に決めたんだ。今度こそ自分の気持ちを光に伝えようって。俺は朴念仁な所があるから、ひょっとしたらまた光を傷つけてるかもしれない。光は俺のことなんかどうも思ってないのかもしれない。でも、俺が好きなのは光なんだ。」
「あなたにそこまで思われて陽ノ下さんは幸せですね。私はそう思います」
 すみれにそう言われて、彼は苦笑した。
「いや、それはどうかな。今日も結局傷つけちゃったみたいだし」
「えっ、ごめんなさい。私のところに会いに来てくれたせいで…」
「いや、俺がすみれちゃんに会いたかったんだから。すみれちゃんは気にしないでいいよ」
「優しいんですね…本当に…」
 その後、少しの間沈黙があった。先に言葉を発したのはすみれだった。
「…寒くなってきましたね。そろそろ帰りましょうか」
「あ、ああ。そうだね。送ってくよ」
 その言葉にすみれは首を横に振り、
「いや、いいです。一人で帰れますから」
「でも…」
「これ以上優しくしないで下さい…私…あなたのこと忘れられなくなっちゃいます」
「……」
「さようならっ!」
 そう言ってすみれは走り去ってしまった。彼は何も出来ずにそこに立っているだけだった。

「…実はうちのサーカス団は今とても苦しくて、来年からはひびきの市に来れないかも知れないんです。私、後悔はしたくなかったから…でも、あの人の心の中は陽ノ下さんで一杯で私用のスペースはこれっぽっちもありませんでした。そのくらいあの人は陽ノ下さんのことを大切に思ってるんです」
 光は彼がそう言ってくれていたことが嬉しい反面、すみれが可哀想に思えた。
「そう…辛かったんだね…」
 しかし、すみれは光の言葉に微笑みながら言った。
「いえ、私はあの人が幸せになればそれだけで嬉しいですから」
 そう言ってすみれは立ち上がった。
「それじゃ、私は帰りますけど、陽ノ下さんはあの人と上手くやってくださいね」
と言ってぺロっと舌を出したすみれを見て、光もやっと微笑んだ。
「うん。もし、またひびきの市にくる事があったら…」
「その時までに心の整理がついていれば、今度はあの人と陽ノ下さんと二人に会いに来ますね。」
「うん、待ってるからね!」
 そう言って光はすみれが帰っていくのを見ていた。そして光は急いで家に帰り、彼のもとに電話をした。
「あっ、もしもし、陽ノ下ですけど…あっ、今日はごめんね。怒ってない?うん、私は怒ってないよ。また今度一緒にどこかに行きたいな……」

今までに書いた二次創作SSをこれから置いていくつもりです

元々文章下手ですので雑文になってると思いますが、生暖かくスルーお願いします