　「１１・２５自決の日　三島由紀夫と若者たち」は若松孝二監督のいわゆる昭和三部作の最後を飾る映画です。公開されたのは２０１２年６月のことで、その年のカンヌ映画祭・ある視点部門に正式招待されて箔がつきました。主演で三島由紀夫を演じたのは井浦新でした。

　映画は三島由紀夫が自衛隊に乗り込んで割腹自殺を遂げるまでを描きます。感情移入しにくい不思議なテイストの映画でした。最後の井浦の演説シーンには鳥肌が立ちましたが、割腹シーンの桜は必要だったのかどうか。記憶にある事件なので複雑な心境でした。

　本作品はそのサウンドトラック盤です。音楽は日本のジャズ界の重鎮、板橋文雄が担当しています。収録の全１０曲のうちの２曲は日本雅楽会による雅楽の演奏で、それ以外はすべて板橋のピアノ・ソロです。ただし、一曲だけハーモニカとパーカッションが入っています。

　民族派の三島を描いているだけあって、雅楽は雅楽として使われています。最初の曲は三島の晩年の作品とタイトルを共有する「蘭陵王」、二曲目は竜笛の「独奏」です。冒頭のシーンや能舞台の場面で民族派であることを雅楽でもって鮮明に主張しています。

　一方、板橋のピアノ曲８曲は、「美しい日本」が３曲、「テーマ」が３曲、「楯の会」が２曲と、同じ主題が繰り返し出てきます。サントラからは、かなり力強い演奏のピアノが流れてきます。ピアノを間近に感じられる距離感で、ジャズのソロ・ピアノ演奏として申し分ありません。

　しかし、映画の中ではかなり奥に引っ込んだ音になっています。そもそもこの映画はとても静かです。どのシーンも音が少なく、静寂を感じます。これが三島と楯の会の若者たちの民族派としての心情を強く印象づける効果をあげています。猥雑ではない、澄み切った静寂。

　折に触れて登場する板橋のピアノはこの静寂の底をさらに深堀しているような効果をあげていました。ＣＤで聴くのとはかなり印象が異なります。背景と完全に一体化しており、三島たちが自衛隊に向かう車中で「唐獅子牡丹」を歌う際に流れていても違和感がないほどです。

　板橋文雄は１９７０年に渡辺貞夫のクインテットでプロ・デビューしたのち、日野皓正や森山威男などと活動するなど日本のジャズ界の王道を歩んできた人です。海外でも華々しく活躍していますし、クラシックから民謡までさまざまなジャンルのアーティストと共演しています。

　映画音楽も数多く手掛けており、本作品もその多彩な活動の一つに位置づけられます。映画で聴くと、クールでアブストラクトな演奏に思いましたが、サントラで聴くと意外にもエモーショナルで熱い演奏でした。フリーに突入するところも含めてジャズらしいピアノ演奏です。

　なお、映画にはエンド・ロールに英国のバンド、ベラ・キッスの「オンリー・ユー」が収録されていましたが、サントラには入っていません。この曲は、この年本国よりもなぜか日本でヒットした曲で、いい曲なのですが、あまりに唐突で思わず笑ってしまいました。

　主演の井浦新は当時芸名がＡＲＡＴＡでしたが、この映画の性格上、エンドロールでローマ字はまずかろうと自ら井浦新と改名したそうです。しかし、そこに英語で歌われる「オンリー・ユー」が流れてずっこけたという逸話が残されています。若松の音使いは面白いです。

11.25 Jiketsu no Hi / Fumio Itabashi (2012 ウルトラ・ヴァイヴ）

Tracks:
01. 壱越調　蘭陵王
02. 美しい日本 (baroque version)
03. テーマ１
04. 楯の会２
05. 独奏
06. テーマ２
07. 楯の会１
08. テーマ３
09. 美しい日本
10. 美しい日本（long version)

Personnel:
板橋文夫 : piano
日本雅楽会
　松尾桂子、森川紀子 : 笙
　岡庭健、太田裕智 : 篳篥
　上坊有平、三鴨良江 : 龍笛
　中澤信孝 : 鞨鼓
　片柳茂生 : 太鼓
　山代妙子 : 鉦鼓

板橋文夫 ～ １１・２５自決の日

板橋文夫　～　１１・２５自決の日