ロックの世界にあって「人が好い」という評価は必ずしも誉め言葉にならない気がします。無責任なファンはロック・スターに世間常識からの逸脱を求めてしまいがちですから。しかし、フィル・マンザネラを語る人はどうしても「人が好い」と言いたくなるものらしいです。

 マンザネラは「人が好い」と言われ続けてきました。どの作品も「人の好さがにじみ出ている」と言われてしまいます。ソロ名義としては2作目、801を入れると4作目となる本作品「Kスコープ」も例外ではありません。マンザネラの人の好さがにじみ出た作品です。

 再発にあたってマンザネラ自身が短いノートを本作品に寄せています。その内容はとにかく共演者をほめたたえる内容になっています。あげくの果ては、本作品を録音したスタジオの持ち主、イエスのクリス・スクワイアまで褒めています。人が好いことこの上ありません。

 さらに本作品にはニールとティムのフィン兄弟が招かれています。彼らはマンザネラがプロデュースを手掛けたスプリット・エンズのメンバーですが、あまり売れず、帰国旅費すらままならない状況に陥っていました。二人はここで手にしたギャラでめでたく帰国できたのでした。

 彼らは後にクラウデッド・ハウスとして世界的な大成功を収めて、マンザネラの温情に報いることになります。他の参加者にはそこまでの事情はないでしょうが、人の好さをいかした豊富なマンザネラ人脈からは数多くのミュージシャンが喜んで参加している様子です。

 曲ごとにラインナップが変わる点はいかにもソロ・アルバムなのですけれども、共作曲も多いですし、ギター・ソロもさほど目立ちませんから、マンザネラの独壇場でアルバムを編んだという気がしません。共演者のアイデアを大いに取り込んだ民主的なサウンドに聴こえます。

 作品を貫くのびのびとした感触は共演者が十分に楽しんでいることを確信させてくれます。とりわけ、後にTOTOに加入するサイモン・フィリップスのきびきびしたドラムや、元キング・クリムゾンのメル・コリンズのサックスなどは際立って印象的です。

 本作品はタイトルが示す通り、万華鏡のようにくるくる変わる表情が狙いなのかもしれません。恒例のロマンチックなギター・ソロ曲はありませんけれども、一部にはプログレ風味の曲がありますし、フィン兄弟の若々しいボーカルを擁するポップなテイストの曲もあります。

 冒頭のタイトル曲は火花散るインストゥルメンタルですが、後にジェイZとカニエ・ウェストが「ノー・チャーチ・イン・ザ・ワイルド」にテンポを落としてサンプリングしたことで、ヒップホップ・ファンからも注目されることになりました。異色の組み合わせが面白いです。

 私はマンザネラ自身も気に入っているという「ゴーン・フライング」が一推しです。ビル・マコーミックがベースのみならずボーカルでも活躍する曲で、♪この世をおいて飛んでいってしまおう、大して面白いこともないのだから♪という究極の逃避が心地よいです。

 発表当初からいい作品だなあと思っているのですが、その名の通り万華鏡のごとく正体がつかめない作品だとも思っていました。それぞれの楽曲はとても充実しているのですが、どこか落ち着かない。ボートラの「アウト・オブ・ザ・ブルー」にほっとしてしまいます。

K-Scope / Phil Manzanera (1978 EG)

*2013年3月19日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. K-Scope
02. Remote Control
03. Cuban Crisis キューバの危機
04. Hot Spot
05. Numbers
06. Slow Motion TV
07. Gone Flying
08. N-Shift
09. Walking Through Heaven's Door 天国の扉
10. You Are Here
(bonus)
11. Remote Control (live 801 tour 1977)
12. It Don't Matter To Me (demo)
13. Out Of The Blue (live 801 tour 1977)

Personnel:
Phil Manzanera : guitar, organ, synthesizer, keyboards
***
Simon Ainley : guitar
Bill MacCormick : bass, drums, vocal
Simon Phillips : drums, percussion
Paul Thompson : drums
Kevin Godley : hihat, chorus
Lol Crème : gizmo
Eddie Rayner : piano, synthesizer
Dave Skinner : piano, synthesizer
Francis Monkman : piano
Mel Collins : sax
Tim Finn : vocal
Neal Finn : chorus
John Wetton : voice