マッドヴィレインの「マッドヴィレイニー」は、「アンダーグラウンド・ヒップホップが生んだ奇跡のマスターピース・アルバム」です。発表は2004年3月のことで、当時のヒットチャートとしては全米179位に過ぎないのですが、このアルバムの影響力はとてつもなく大きいです。

 マッドヴィレインはMFドゥームとマッドリブという「鬼才と鬼才がぶつかり合い、認め合うことによって生まれた最強タッグ」です。ドゥームはすでにこの世になく、結果的に本作品がタッグが制作した唯一のオリジナル・アルバムとなっています。

 MFドゥームは伝説のヒップホップ・グループKMDの一員としてキャリアをスタートさせ、KMDの活動休止後はソロで活躍するラッパーです。MFはメタル・フェイスの略で、本作品のジャケットに写っている通り、金属のお面を被っています。アメコミから着想を得たそうです。

 マッドリブことオーティス・ジャクソン・ジュニアはサンプリングの魔術師ともいわれるプロデューサーで、ヒップホップを軸にジャズなどのジャンルを横断する作品を世に出しています。同じくサンプリングの魔術師Jディラとのジェイリブ・プロジェクトも評価が高いです。

 マッドヴィレインはマッドリブからドゥームに声をかけ、ドゥームが送られてきたデモを聴いてコラボを快諾したことから誕生しました。このコラボは、マッドリブがビートを制作し、ドゥームがそのビートに触発されたリリックを用意してボーカルを重ねていく形で行われています。

 マッドリブは筋金入りのレコードディガーであり、さまざまなレコードと、サンプラー(SP303)、ポータブルのターンテーブル、カセットデッキのミニコンボというミニマムな機材を使ってビートを制作していきます。ホテルの宿泊部屋などでも制作が行われた模様です。

 本作品では、制作途上でデモ音源がインターネットに流出する事件が起こり、レコーディングがやり直されています。大変な災難ですけれども、この再録の際にドゥームがボーカル・スタイルをよりトーンを抑えたものに変えたことが、本作をさらに名作にしたのですから面白い。

 大前至氏のライナーによれば、マッドリブのトラックの大きな個性は「SP303のダーティな音質と、クオンタイズを行わないことで生まれるビートのズレが独特のグルーヴを生み出」すことにあります。なるほどイケイケ、アゲアゲのビートではありません。

 さらにマッドリブが使用しているサンプリングソースもジャズやファンクはもちろん、ロックやサントラ、ラテンに映画のセリフなど多種多様です。本作品中で最も有名な「アコーディオン」では2002年発表のデイダラスによる「エクスペリエンス」が使用されています。

 まるでアコーディオンのように聴こえるオルガンのサウンドによってビートが制作されており、そこにドゥームのボーカルが走っています。およそヒップホップで使われるとは思えないサウンドが見事にヒップホップ史に残る曲を生み出しました。これは確かに凄い。

 ぐっとトーンを抑えた濃密なサウンドが全編にぎっしり詰まっています。確かにこれはあげあげの世界ではないアングラ・ヒップホップのクラシックとなるべきアルバムです。制作当時、すでに病に冒されていたことを知っていたというドゥームのラップも素晴らしいです。

Madvillainy / Madvillain (2004 Stones Throw)



Tracks:
01. The Illest Villains
02. Accordion
03. Meat Grinder
04. Bistro
05. Raid
06. America's Most Blunted
07. Sickfit
08. Rainbows
09. Curls
10. Do Not Fire!
11. Money Folder
12. Shadows Of Tomorrow
13. Operation Lifesaver AKA Mint Test
14. Figaro
15. Hardcore Hustle
16. Strange Ways
17. Fancy Clown
18. Eye
19. Supervillain Theme
20. All Caps
21. Great Day
22. Rhinestone Cowboy

Personnel:
MF DOOM : MC
Madlib : beats
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M.E.D. aka Medaphoar, Lord Quas, Wildchild, Viktor Vaughn, Stacy Epps : featuring artists