「地獄からやってきたジャズ」とはまた素敵なタイトルです。地獄からやってきた大統領を戴いている国なんだからジャズが地獄からやってきて何が悪い、というフランク・ザッパ先生の思いを込めたタイトルの作品は先生の生前最後のスタジオ・アルバムになってしまいました。

 「ジャズ・フロム・ヘル」は先生のサイバー・ファンクの大傑作です。驚くべきことに、本作品はグラミー賞を受賞しました。1988年のベスト・ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞です。ちなみにこの年のアルバム・オブ・ザ・イヤーはU2の「ジョシュア・ツリー」です。

 この作品はほぼ全面的にシンクラヴィアを用いて制作されています。シンクラヴィアは米国の会社が開発した楽器で、シンセサイザー、サンプラー、シーケンサーなどが統合されており、デジタル・オーディオ・ワークステーションの元祖と言われています。

 本作品の翌年には「ビデオ・フロム・ヘル」という題名のビデオ作品も発表されており、その中で先生がシンクラヴィアの解説もされていました。「恐れ」と入力すると、恐ろしいメロディーが自動的に出てくるという、AIを先取りしたような場面が記憶に残っています。

 本作品では、1曲を除き、すべてはシンクラヴィアのみで制作されています。ボーカルもなし。これまでオーケストラも含めて数多くのミュージシャンと共演してきて、意のままにならぬ人力に苦労してきた先生が、ここでは制約のない機械で頭の中の音楽を再現しました。

 デジタル・サウンドが全面的に展開されていますから、ある意味では元祖テクノ的に捉えられることもあります。サウンドだけで言えば、オウテカなどに近いです。しかし、ダンスを背景にもったクラブ系のサウンドとはやはり一線を画していると思います。

 ここでのサウンドは、どちらかといえば現代音楽に近い。「Gスポット・トルネイド」などはまるでスクラッチによるヒップホップのようなサウンドですけれども、アルバム全体はエレクトリック・チェンバー・ミュージックの延長にあります。フロア向きではない複雑なビートです。

 先生はここまでシンクラヴィアを使った曲をいくつか発表してきていますが、ここまで全面的に使用した作品を作ったのは初めてです。解き放たれたのは、近未来的なサイバー・ファンク室内楽ロックとでもいえばよいのでしょうか、誰も聴いたことがないサウンドでした。

 一曲だけ、人力生演奏「セント・エチエンヌ」が収録されています。1982年5月にフランスのセント・エチエンヌで行われたライヴから、「溺れる魔女」のギター・ソロ部分を抜き出したものです。1曲だけギター・ソロを入れたかったと先生がビデオで話していました。

 先生といえども、全曲シンクラヴィアには躊躇があったのでしょうか。そんなところには時代を感じてしまいます。確かにいいアクセントになっていて、思わず聴き惚れてしまうギター・ソロなのですが、ここまでデジタル漬けにしておいて、何と罪つくりな人なんでしょう。

 先生はシンクラヴィアがもっと早く使えたならば、ロック・バンドなんて組むことはなかったというような発言もされています。マザーズがあってよかったとは思うものの、まだ初期のデジタル臭い音ですらこの傑作ですから、今の技術での先生も聴きたかったと思います。

Jazz From Hell / Frank Zappa (1986 Barking Pumpkin) #047

*2014年4月4日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Night School
02. The Beltway Bandits
03. While You Were Art II
04. Jazz From Hell
05. G-Spot Tornado
06. Damp Ankles
07. St. Etienne
08. Massaggio Galore

Personnel:
Frank Zappa : synclavier
For St. Etienne
Frank Zappa : lead guitar
Steve Vai : rhythm guitar
Ray White : rhythm guitar
Tommy Mars : keyboard
Bobby Martin : keyboards
Ed Mann : percussion
Scott Thunes : bass
Chad Wackerman : drums