前作から約1年を経て発表された、タンジェリン・ドリームのスタジオ・アルバムとしては9作目となる「偉大なる標的」です。順調なペースでアルバムが発表されていきます。この後もTDはエドガー・フローゼが亡くなるまで、とにかく新しいアルバムを発表し続けていきます。

 邦題はジャケットのイメージだけから付けられたのだと思います。原題は、英文の契約を扱った経験のある人ならば誰でも知っている「フォース・マジュール」、すなわち「不可抗力」です。アルバムのA面すべてを占める大曲の名前でもあります。

 何が不可抗力なのかという問いに対して、ウィキペディアンはジャケット裏の写真にベートーヴェンのデスマスクが写っているとして、ベートーヴェンの音楽的影響を受けていることが不可抗力ではないかと自説を発表しています。西洋古典音楽の影響は確かに不可抗力です。

 前作のボーカルが不評だったからなのか、ボーカルをとっていたスティーヴ・ジョリフは脱退しました。しかし、ドラマーのクラウス・クリューガーは残留し、再び、タンジェリン・ドリームはエヂガー・フローゼ、クリス・フランケとクリューガーのトリオ編成となりました。

 なお、クリューガーは本作品のレコーディング・セッションを終えた後にはTDを脱退して、イギー・ポップの米国ツアーに参加しています。「愚か者」を発表した後のイギー・ポップですから、驚きも半分くらいですが、それでもTDからイギーへの移籍は事件ではあります。

 本作品は有名なベルリンのハンザ・スタジオで制作されました。公式サイトによれば、本作品は、いわゆるベルリン・スクールのサウンドというよりも、プログレッシブ・ロックの伝統にのっとった、ギターとドラムを加えたよりメロディックなサウンドへの進化を示しています。

 クラウトロックは各都市によって特徴があります。カンはケルン、クラフトワークやノイはデュッセルドルフ、ファウストはハンブルグ。ベルリンは最大派閥でタンジェリン・ドリームやアシュ・ラ・テンペル、クラウス・シュルツェなどが該当します。

 ベルリン・スクール人脈を端的に表しているのはTDのファースト・アルバムなのですが、サウンド的には少し後のシンセを使ったやや実験的なエレクトロニクス音楽が該当します。1970年代初頭まででしょうか。そのスクールから本作品はやはり遠い感じがします。

 ここでのTDサウンドはクラウトロックというよりも、ニュー・エイジ音楽に近い。シーケンサーによるビートは健在ですが、クリューガーの生ドラムが大幅に活躍しますし、フローゼの叙情味あふれるギターも大いに目立っています。メロディーが際立つサウンドスケープです。

 とはいえ、「変成岩」は機材の不具合で発生したサウンドを曲の基盤とするなど、もちろんその実験精神は生きています。ビートにのせるメロディアスな上物がとにかく目立つ忙しいアルバムですけれども、サウンドの隅々まで気が配られているところはさすがTDです。

 本作品は英国ではトップ30に入るヒットとなっており、初期のTDのファンやヴァージン移籍直後のファンはともかく、これはこれで多くのファンに支持されています。今となってはこうしたサウンドは世にあふれていますが、TDが先駆者であったことは忘れてはなりません。

Force Majeure / Tangerine Dream (1979 Virgin)



Tracks:
01. Force Majeure 偉大なる標的
02. Cloudburst Flight 冒険飛行
03. Thru Metamorphic Rocks 変成岩
(bonus)
04. Chimes And Chains

Personnel:
Edgar Froese : keyborads, guitar, effects
Christopher Franke : keyboards, sequencer
Klaus Krüger : drums, percussion
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Eduard Meyer : cello, steam train recording