数あるフランク・ザッパ先生の作品の中で最も直接的に政治的なアルバムです。題して、「マザーズ・オブ・プリヴェンション」、邦題では「検閲の母」と意訳されました。本作品は大衆音楽の歌詞に制限をかけようとする運動に先生が毅然と立ち向かった闘いの記録です。

 この当時、ヒップホップやヘヴィメタルを中心に悪魔的、暴力的、性的な歌詞が横行しているとして、そこに歯止めをかけるべく、クリントン政権で副大統領となるアル・ゴア上院議員の奥さん、ティッパー・ゴアが創設したPMRC(父母の音楽対策センター)が運動をおこしました。

 具体例として挙げられたのはプリンスやマドンナ、AC/DC、WASPといったアーティストたちです。PMRCは法制化までは求めないとしつつも、歌詞に規制をかけ、問題含みのアルバムには強制的に「成人向け」のシールを貼って注意を促すように要求しました。

 この動きを憲法に規定された表現の自由に違反するとして敢然と立ち上がったのがザッパ先生です。自腹を切って、あらゆるメディアに登場しては反対を訴え、上院で行われた公聴会の場でも理路整然と批判を加えました。戦う先生の真骨頂です。

 結果的にはPMRCの主張が一部通ってしまい、1990年以降、白黒の注意喚起シールが貼られることになってしまいましたが、先生の主張は多くの人々の胸に響きました。自主規制が浸透してしまっている日本から眺めていると忸怩たるものがあります。

 本作品は、その上院公聴会での論争をコラージュした大作「ポルノ・ウォーズ」を中心に据えた作品です。先生の闘争の一環として発表されたことは明らかです。しかも同曲は当初、米国盤にのみ収録されていました。米国ローカルな問題だとの訴えは真摯なものです。

 バンドは当時のザッパ・バンドですが、本作品には先生のロック・アルバムとしては初めてシンクラヴィアによる楽曲が収録されました。また、冒頭の「アイ・ドント・イーヴン・ケア」は珍しくジョニー・ギター・ワトソンが歌詞を書いた猥雑な曲です。

 注目されるのはシンクラヴィアによる「チビ・ベージュ・サンボ」です。後に差別的だと糾弾されたあのお話を題材にした楽曲です。予言的です。他にもライヴの定番となる「ホワッツ・ニュー・イン・ボルティモア?」やジャジーな「ヨー・キャッツ」など、佳曲がそろっています。

 中心となる「ポルノ・ウォーズ」では公聴会での上院議員やティッパー・ゴアの発言、先生自身の発言などをコラージュしていて、検閲派の考えがいかにひどいかをダイジェストして伝えています。先生自身の過去のアルバムからの引用もみられます。

 先に触れた通り、この曲は当初米盤のみの収録で、外国盤には代わりの曲が3曲収録されていました。当初はCDでもその構成でしたが、1993年のファイナル・マスターからは両者を網羅した完全版になりました。米国以外でも「ポルノ・ウォーズ」は重要なのです。

 権力の濫用に対して徹底的に戦い抜くザッパ先生の姿勢はまことに尊敬に値します。歌詞に政治的主張を入れて事足れりとする輩を揶揄した発言をもって、先生が政治と音楽を切り離していると主張する愚か者には、とくとこの作品を聴いてほしいものです。

Meets the Mothers of Prevention / Frank Zappa (1985 Barking Pumpkin) #044

*2014年3月8日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. I Don't Even Care
02. One Man, One Vote
03. Little Beige Sambo
04. Aerobics In Bondage
05. We're Turning Again
06. Alien Orifice
07. Yo Cats
08. What's New In Baltimore?
09. Porn Wars
10. H.R. 2911

Personnel:
Frank Zappa : guitar, vocal, synclavier
Ike Willis : vocal, guitar
Ray White : vocal, guitar
Steve Vai : guitar
Tommy Mars : keyboards
Bobby Martin : keyboards, vocal
Scott Thunes : bass
Chad Wackerman : drums
Ed Mann : percussion
Moon Zappa, Dweezil Zappa : voices
Senator Danforth, Senator Hollings, Senator Gorton, Senatore Gore, Tipper Gore, Reverend Jeff Ling, Spider Barbour, All Nite John, Unknown Girl In Piano : voices