昔ほどではないとはいえ、テレビ番組の主題歌に起用されるとヒットする事例は少なくありません。逆もまた真ということで番組と楽曲がタイアップすることはもはや常識になっています。まあ何回も聴くことになるわけですから、格好のプロモーションではあります。

 藤井風の「花」は、2023年10月期にフジテレビで放送された「いちばんすきな花」の主題歌として書き下ろされました。当初は配信によるシングルとしてのリリースのみでしたけれども、放映の途中で5枚目のEPとしても発売されました。

 ドラマの最終回には、四人の主人公が集う春木さんの家に藤井が登場し、ピアノで「花」を弾き語るというサプライズ演出がなされ、ドラマとこの楽曲がいかに切っても切れない関係にあるかということを強調する結果となりました。紅白歌合戦での藤井演出のようでしたが。

 このドラマは多部未華子、松下洸平、今田美桜、神尾楓珠の四人が主人公となるクアトロ主演ドラマでした。原作はなく、「サイレント」で話題となった生方美久が脚本を書いたオリジナル・ドラマです。私もしっかり全話見たので「花」も毎回聴きました。

 ドラマのテーマは「男女の間に友情は成立するのか」だそうです。全話見ておいて「だそうです」もないですが、この使い古された時代遅れのフレーズはおそらく制作側のお偉いさんたちを説き伏せるために方便として使われたのではないでしょうか。

 実際のドラマはより複雑でニュアンスに富んだものでした。四人の主人公と彼らを取り巻く人々はそれぞれに少しだけ生きにくさを感じていて、少しずつそのことと折り合いをつけていく様子が描かれていて、派手な展開はありませんが引き込まれるドラマでした。

 大きな結末がなかったことも良かった気がします。俳優さんたちも、多部未華子や松下洸平は言わずもがなですが、今田美桜や神尾楓珠、そして多部の妹役の齋藤飛鳥にとっては新しい境地を開拓したように見えて、素直にその演技に感動いたしました。

 藤井は「この物語の主人公達は、人生の色んな答えを探している気がしました」として、「僕も勝手に彼らの仲間になったつもりで、一緒に答えを探しにいこうと思いました。そしたら今までにないほど、真っ直ぐでピュアな曲へと導いてもらえたような気がします」と話しています。

 ドラマに向き合って真摯に曲を作り出したわけで、シンガーソングライター藤井の面目躍如たるものがあります。沈み込むようなイントロのピアノに導かれて始まる楽曲は、終始、抑制した調子で、ドラマともはや不可分一体になっていました。

 EPでは「花」のオリジナルに加えて、インストゥルメンタル、バラード、デモの四通りが収録されています。いずれも姿は変わっていますけれども、受ける印象は大きくは異なりません。それだけ楽曲が完成しているということでしょう。デモでも十分です。

 ただし、いろいろとバージョンが示されると、ますます藤井のR&B魂を強く感じます。裸で歌ってもその歌声にはソウルを感じますし、この節回しにはこれまでの邦楽にはない感覚を覚えます。恐るべきアーティストです。今回は舞台も絶妙でした。

Hana / Fujii Kaze (2023 Hehn)



Tracks:
01. 花
02. 花 Instrumental
03. 花 Ballad
04. 花 Demo

Personnel:
藤井風
A.G.Cook