カンのメンバー、イルミン・シュミットが監修するカンのライヴ・シリーズ第四弾「ライヴ・イン・パリ1973」です。2021年に始まったこのライヴ・シリーズも、すでに当初シュミットが想定していたフェイズを超えて、セカンド・フェイズを迎えたと言われています。

 この作品はカン自身のレーベルであるスプーンの倉庫の奥から見つかった模様です。ファンの録音ではないようです。やはりライヴ・シリーズを敢行していると、あちらこちらから音源が見つかるものなのでしょう。何にせよまだまだ続くようで慶賀の至りです。

 さて、本作品はいよいよダモ鈴木が在籍していた時期のライヴだということで、日本を中心に大いに盛り上がりました。ついに真打ち登場などとさまざまな方面への失礼を顧みない言い方までされています。ダモ在籍時はカンの絶頂期ではありますから気持ちは分かります。

 収録されたライヴは1973年5月12日にパリのオリンピア劇場で行われたものです。スタジオ・アルバムで言えば「エーゲ・バミヤージ」と「フューチャー・デイズ」の間の時期にあたります。どちらもダモ鈴木をボーカルに擁する素晴らしい作品です。

 なお、ダモ鈴木在籍時のライヴといえば、すでに「ライヴ・イン・ロッカパラスト」があります。そちらは1970年11月と、ダモ鈴木が加入して数か月後のライヴです。一方、本作品はダモ鈴木脱退数か月前のライヴですから、何だか奇遇な気がします。

 二つを比べてみると、まず収録曲の表記が全く異なります。ロッカパラストではきちんと曲名が当てはめられているのですが、こちらはライヴ・シリーズの恒例に従っていずれも「パリ73」に順番をつけた一様な曲名とされています。この違いは大きいです。

 パリの方でも「ワン・モア・ナイト」や「ヴィタミンC」、「スプーン」などのスタジオ・アルバムからの楽曲が見え隠れしますけれども、その使い方はあくまで即興演奏の一要素にすぎません。ロッカパラストも同じといえば同じなのですが、こちらの方がより崩し方が大きい。

 ダモ鈴木も在籍して3年ほど経過しているわけですから、バンド・メンバーの間のステージでのテレパシーはより濃密になってきていることが伺えます。既発表曲のイディオムを使いこなした即興演奏には積み重ねてきた年輪などというものを感じます。

 ボーカルはあまり即興に向かないのではないかと思いますが、根っからのパフォーマーであるダモ鈴木はそんなことを気にしていなさそうです。これまでのシリーズにおけるボーカル抜きのライヴ演奏よりも濃密な感じがいたします。徐々に深く潜っていく感じがたまりません。

 一つ不満があるとすれば、注意して聴いてみたもののダモ鈴木のボーカルには日本語歌詞が出てこないことです。♪雲の上から小便♪じゃないですけれども、日本語による異化効果も高そうな気がするので聴いてみたかった。続く発掘に期待したいものです。

 最近、カンの音楽が流されているのを聴く機会が多くなってきた気がします。本作品のライナーノーツも若い方が書かれています。本作品の至高の90分を聴いていると、カンの生み出すグルーヴは50年の時を軽々超えて今に響いていることを実感いたします。

Live In Paris 1973 (2024 Spoon)



Tracks:
(disc one)
01. Paris 73 Eins
02. Paris 73 Zwei
(disc two)
01. Paris 73 Drei
02. Paris 73 Vier
03. Paris 73 Fünf

Personnel:
Irmin Schmidt : keyboard, synthesizer
Jaki Liebezeit : drums
Michael Karoli : guitar
Holger Czukay : bass
Damo Suzuki : vocal