スラップ・ハッピーのまさかの新作「サ・ヴァ」の発表は大事件でした。スラップ・ハッピー名義のアルバムとしては実に四半世紀ぶりの新作です。しかも、この後、初来日公演まで行われたため、当時、一部の音楽業界では大騒ぎになっておりました。

 こんなにスラップ・ハッピーのファンがいたのかと驚きました。前作から四半世紀経つわけで、当時のファンはみんないい歳になっており、知る人ぞ知るバンドだったスラップ・ハッピーのことを若者に語りたくてしょうがないという風情が少し鬱陶しかったですね。

 スラップ・ハッピーは実は1983年にシングル盤を発表しており、その際にロンドンで一回限りのライヴも行っています。個性豊かな三人のバンドは、ことさらに「結成!」、「解散!」というノリはなく、それぞれの活動の道行きが交差すると発生するようです。

 そのノリで、1993年には三人でテレビで放映するオペラ作品「カメラ」を制作しています。この作品を契機に、ラフ・トレードのジェフ・トラヴィスが三人にスラップ・ハッピーとしてのアルバム制作を働きかけた結果として誕生したのが本作品です。

 プロデューサーはアンソニー・ムーアがソロ・アルバムで組んでいたローリー・レイサムが迎えられました。レイサムといえば、イアン・デューリーの大ヒット曲「ヒット・ミー・ウィズ・ユア・リズム・スティック」のプロデュースで有名です。不思議な取り合わせです。

 演奏はこれまでと異なり、すべて三人で行っています。ピーター・ブレグヴァドのベースとギター、ムーアのギターとキーボード、ダグマー・クラウゼのボーカルが中心ですが、ムーアは中東の弦楽器バーラマや電子楽器テルミン、メロディカなどの多彩な楽器を使っています。

 昔と異なり、サンプリングやプログラミングによる音づくりが出来るようになっていることが大きいでしょう。特にムーアは多才な人ですから、ことさらに外部のミュージシャンの手を借りずとも、思う通りのサウンド作りが可能となったということでしょう。

 三人それぞれがさまざまな活動をしてきただけに、本作品にはそれぞれが素材を持ち寄っています。それぞれの作品にも収録されている曲もあり、年月の重みを感じます。ある意味で再結成のあるべき姿がここに示されているといえます。

 失礼を承知で言えば、本作品は以前の作品に比べて格段にプロっぽいです。千代紙細工のように緻密に組み立てられたサウンドで、落ち着いたポップスが奏でられていきます。クラウゼのボーカルも年輪を重ねて渋い味わいに変わってきています。

 もちろんストレートにポップなわけではなく、ひねりの効いた味わいは健在です。「独特のスタイルが最も昇華された作品ともいえる」と宣伝されており、実際に発表当時も本作品がスラップ・ハッピーの最高傑作と絶賛する声は大きかったと記憶しています。

 確かに格段に洗練された極上のサウンドを聴かせてくれるのですが、ノスタルジーを真空パックしながら超然とざらついていたかつての作品とはテイストがかなり異なるのも事実です。来日公演にはわざわざ行かなくてもいいかなと当時の私は思ってしまったのでした。

Ça Va / Slapp Happy (1998 V2)



Tracks:
01. Scarred For Life 一生の傷跡
02. Moon Lovers 月の恋人たち
03. Child Then 子供の頃
04. Is It You? それはあなた?
05. King Of Straw 藁の王
06. Powerful Stuff 強力なもの
07. A Different Lie 別の嘘
08. Coralie
09. Silent The Voice 静かなる声
10. Working At The Ministry 省庁で働くこと
11. The Unborn Byron 未生のバイロン
12. Let's Travel Light 軽装で旅しよう
(bonus)
13. Casablanca Moon (live in London)
14. Slow Moon Rose (live in London)

Personnel:
Peter Blegvad : guitar, bass, percussion, vocal
Anthony Moore : keyboards, programming, guitar, baglama, theremin, percussion, melodica, vocal
Dagmar Krause : vocal, piano