タンジェリン・ドリーム初のライヴ・アルバム「リコシェ」です。何も驚くことはないはずなのですが、彼らが熱心にライヴを行っていることなど知らなかった当時の私は大いに驚いたものです。エレクトロニクスはスタジオのものだという先入観があったのでした。

 「フェードラ」、「ルビコン」とヴァージンでのタンジェリン・ドリームは商業的にも成功を収めました。そのおかげで彼らのライヴはどこへいっても大人気だったようです。本作品は1975年の8月から10月にかけて行われたヨーロッパ・ツアーの時期に制作されました。

 奥歯にものの挟まった言い方をしたのは、実は本作品の半分はスタジオで制作されているからです。さらにツアーでは10月23日の英国クロイドンのステージのみが録音されており、残りの半分はそのテープを編集したものが使われています。

 素直にライヴ・アルバムと言い難いわけですけれども、この当時のタンジェリン・ドリームにとってはライヴ会場であってもスタジオであってもさほど違いはなさそうです。この頃のタンジェリン・ドリームは三人が共に演奏するという意味で、正真正銘のバンドだったのです。

 エドガー・フローゼは「重要なことは僕達がいつも現実に具体的に演奏しているという事実なのである」と語っています。「僕達はミキサーをとおして、三人の演奏する音を同時に同じアンプからスピーカーを通して」出し、それを後で再度セパレーションするのだそうです。

 そうすると「セパレーションした音は誰の演奏というものではない三人の音なのです」。そして、「僕達はそれを聴きながら演奏しています」。「演奏していると、これが自分の演奏だとか、自分の個性だとかいうものに対しての関心が」「なくなってゆくのです」。

 それぞれ異なる世界観をもつ「三人の意識の流れが具体的でありながら、非人称的な音楽空間を生んでゆく」。自我をもって参入しながら、グループに溶け込むことでその自我を離れ、「自分自身のその時の体験の流れに向かい合うようになってゆくことができる」わけです。

 スタジオでの制作風景ではありますが、単なる3人の個の集合ではなく、バンドとしての集団の音楽が、タンジェリン・ドリームの音楽なのです。その意味ではクールな電子音楽も熱いバンド・サウンドなのです。まことにライヴにふさわしいサウンドなのでした。

 さて、本作品ですけれども、前作「ルビコン」で完成したタンジェリン・ドリームのサウンドがここでも軽やかに披露されています。よりサウンドの輪郭がはっきりしており、ドラムやフルート、ギターのサウンドもシンセやシーケンサーとまるで違和感なく共存しています。

 聴く者を選ぶ実験的なフェイズは完全に終わり、数多くの模倣者を生み出すことになるポピュラーなサウンドがここに現出しています。前二作ほどの商業的成功は得られませんでしたが、タンジェリン・ドリーム・サウンドの完成形として末永く記憶に残る作品になりました。

 本作品は後にスティーヴン・ウィルソンによるリミックスをボートラに加え、さらに同時期のライヴ録音を加えた2枚組バージョンが発表されています。また、このツアーには一部、ピンク・フロイドのニック・メイソンがドラムで参加していたそうですが、ボートラも無理でした。

Ricochet / Tangerine Dream (1975 Virgin)

参照:「タンジェリン・ドリームの非境界宇宙と体験の構図そして旅」間章(間章著作集III 月曜社)



Tracks:
01. Ricochet Part One
02. Ricochet Part Two

Personnel:
Peter Baumann : keyboards, organ, synthesizer, mellotron, flute
Chris Franke : keyboards, sequencer, synthesizer, drums
Edgar Froese : keyboards, synthesizer, piano, mellotron, guitar