マイルス・デイヴィスの1975年2月1日の大阪フェスティバル・ホール公演を記録したライヴ・アルバム、「パンゲアの刻印」です。「アガルタの凱歌」が同じ日の昼の部だったのに対し、こちらは夜の部を収録しており、この二つは兄弟アルバムということができます。

 二つあわせて「アガパン」と呼ぶのがファンの間の符牒のようです。どちらの作品がすぐれているのか議論することもまたファンの方々の楽しみです。一般には「アガルタ」の勝ちとされていますが、マイルスの権威、中山康樹氏は「パンゲア」推しです。

 いずれにせよ、本作品は「アガルタ」とともにエレクトリック・マイルスの傑作としてその評価を確立しています。ところが、リアルタイムではマイルスの本国、米国での発売が見送られていたといいますから話はややこしい。この頃のマイルスは本国では低迷していたのですね。

 また、本作品はマイルスの活動休止前の最後の公式録音でもあります。活動休止の原因は長らく悩まされていた体調不良で、このライヴが行われた際にもマイルスの体調は万全とは程遠い状況だった模様です。そういう事情ですから最後の録音は大きな意味があります。

 実際、来日公演を日本側で受けたスタッフの皆さまの苦労は並大抵のものではなかったそうです。体調に問題を抱えたマイルスに丁寧に丁寧に対応しつつ、アガパンの二作品を一発録りで仕上げたのですから大したものです。心意気が伝わってきます。

 もともと二作品を発表するつもりはなく、マイルスの体調や予期せぬ機材のトラブルなどのハプニングに対応するために、昼と夜の二公演を録音したものの、どちらも素晴らしい出来栄えだったことから、結局、二作品が発表されたということです。

 実際、夜の部の公演前にはマイルスの体調は昼の部よりもさらに悪化していたそうですから、「パンゲア」の録音が失敗に終わる可能性は結構あったようです。しかし、そこは帝王マイルス、見事にバンドを指揮して、「アガルタ」にまさるとも劣らない演奏を行いました。

 パンゲアとは3億年前から2億年前にかけて存在した超大陸のことです。大陸移動説はこのパンゲアが分裂、移動することで現在の大陸の配置になったと説明する説です。まず、パンゲアはローラシア大陸と二曲目の曲名である「ゴンドワナ」大陸に分裂します。

 パンゲアもゴンドワナも、ついでに「ジンバブエ」もマイルスが命名したわけではなく、日本のスタッフの発案で決まっています。ちなみにジンバブエは遺跡の名前です。この頃はこの遺跡の名を国名としたジンバブエ共和国は存在せず、まだ白人国家ローデシアなのでした。

 当時のマイルスはワンステージを1時間前後の演奏を2セット行う形をとっていました。それぞれのセットの中には過去の楽曲が見え隠れしていますから編集で切り出すことも可能でしょうが、こと「アガパン」に関してはそのまま無編集で提示されています。

 「アガルタ」と同様に、体調不良とは思えない白熱ぶりですが、実験的な作風というよりも、よりスタンダードなジャズ・ロックっぽい演奏になっています。夜の部はさらにマイルス自身の出番が減っており、その分、ソニー・フォーチュンの活躍が目立つせいかもしれません。

Pangaea / Miles Davis (1975 Columbia)



Tracks:
(disc one)
01. Zimbabwe
(disc two)
01. Gondwana

Personnel:
Miles Davis : trumpet, organ
Sonny Fortune : flute, soprano sax
Pete Cosey : guitar, percussion, synthesizer
Reggie Lucas : guitar
Michael Henderson : bass
Al Foster : drums
Mtume : percussion