「スティルネス、ソフトネス・・・」は、エレクトロニクス・サウンドとボーカルによるとにかく美しい作品です。制作したのは、横浜生まれでロンドンを拠点に活動するエレクトロニック・コンポーザー、大森日向子です。本作品は大森によるセカンド・アルバムです。

 ジャケット写真がそもそも美しい。アナログ写真の原版のような処理がなされたモノクロ写真の質感がいいです。本作品に添付されたブックレットにも不思議な写真が使われているのですが、どうやらシアノタイプ、すなわち青写真、別名日光写真のようです。

 本作品には先行して公開された「シアノタイプ・メモリーズ」なる曲が収録されています。大森はこの印刷のアイデアに魅了されたと語っています。シアノタイプは露出が長いほどイメージが強くかつ詳細になっていきます。幼い頃によく遊んだ記憶がよみがえりますね。

 大森はこれが、「思考を集中させ、方向転換させることにより、脳内に新たな神経経路を作り出し、その反復がより強い経路を作り出すことに似ていると思ったのです」と魅了された理由を説明しています。本作品のサウンドの秘密の一端が披露されているようです。

 大森は幼少のころからクラシック・ピアノを学んでいましたが、高校時代にシンセサイザーを学んで以降、アナログ・シンセサイザーの魅力にとりつかれています。サウンド・エンジニアとしてのトレーニングも受けており、サウンド作りの職人としての腕もあります。

 本作品には、ロンドンの寝室と横浜の祖母の家で書かれたという全13曲がシームレスに収録されています。曲と曲の切れ目があるようなないような形で、お互いに侵食しあっているようなそんなアルバムです。ひとつながりのサウンドだと捉えるのが適当です。

 サウンドは大森によるシンセサイザーを中心にしたサウンドと、大森自身によるソプラノ・ボーカルによって出来上がっています。追加でクレジットされているのはアビー・ロード・スタジオの二人のエンジニアが、「イン・フル・ブルーム」の録音に係わったとされるのみです。

 大森によるシンセサイザーのサウンドがとにかく素敵です。いかにも私たちが知っているシンセサイザーらしい音がします。EL&Pやクラウトロックのシンセ・サウンドなどを想起する部分があります。また、硬質なサウンドなので初期のシンクラヴィア・サウンドも思い出しました。

 もちろんそれは一部にすぎず、使用しているシンセサイザーそれぞれと親密に対話しながらさまざまな音を組み合わせて全体のサウンドを構築している姿が浮かびます。もはやシンセサイザーは、道具であることを超えて、大森の一部と化しています。

 多くの楽曲にボーカルが入っていることもあり、これまでで最も親しみやすい作品になったと言われています。ダンス系ではなくアンビエント系のサウンドですから、美しい女声が霧の中から響いてくると、癒し系の親しみやすさが湧いてきます。

 しかし、内省的な歌とサウンドには親しみやすいという言葉はあまり似合いません。シアノタイプの超現実感をまとったサウンドは、超然とした美しさをたたえており、没入すると戻ってこられなくなる危うさを感じます。覚悟をもってこの快感に向き合う必要がありそうです。

Stillness, Softness... / Hinako Omori (2023 Houndstooth)

参照:Music Tribune 2023/8/4 



Tracks:
01. Both Directions?
02. Ember
03. Stalacites
04. Cyanotype Memories
05. In Limbo
06. Epigraph...
07. Foundation
08. In Full Bloom
09. A Structure
10. Astral
11. An Ode To Your Heart
12. Epilogue...
13. Stillness, Softness

Personnel:
大森日向子