「色褪せることのない歌、歌手、それがちあきなおみ」と紹介されている、ちあきなおみのコンセプト・アルバム「微吟」です。2019年に発売されると、3万5千枚を越える異例のヒットを記録し、同年の日本レコード大賞で企画賞を受賞しました。

 コンセプト・アルバムと紹介されることが多いのですが、新規の音源を使っているわけではありませんから、ベスト・アルバムと紹介した方がしっくりきます。私などはちあきが活動を再開して新たに録音したのだとばかり思っておりました。浅はかでした。

 「微吟」という言葉は大昔からあります。辞書によれば小さい声で詩歌を歌うことです。ちあきの声が小さいわけではありませんが、耳元に親密に感じられる歌い方ではあるので分かるような気がします。まあ、ちあきのヒット曲「黄昏のビギン」にかかっていますしね。

 本作品の選曲のコンセプトは今一つはっきりしていないのですが、1969年に21歳で出したデビュー曲の「雨に濡れた慕情」から、1992年に事実上引退する前に出したラスト・シングル曲の「紅い花」まで、キャリアを俯瞰する選曲がなされています。

 さらに、ちあきの代表曲にして、まだ権威のあった頃のレコード大賞を受賞した「喝采」、CMで人気だった「黄昏のビギン」に「星影の小径」、いわくつきのヒット曲「四つのお願い」や、「ちあきなおみにしか歌えないと言われる歌芝居『ねえあんた』」などなど。

 加えて、ド迫力のシャンソン、エディット・ピアフの歌唱で有名な「すり切れたレコード」に、これまた背筋を震わせてくれるどすのきいた「朝日のあたる家」と、ちあきなおみの歌唱の幅広さも垣間見ることができる構成になっています。「微吟」とは言えそうもありませんが。

 特に、この「朝日のあたる家」は浅川マキが訳詞を手がけたかっこいいバージョンで、これをちあきがライヴで熱唱しています。ブルースっぽいロックの名曲らしく、ピアノやギターが泥臭く活躍する演奏に、ちあきのボーカルもはっきりとロックしています。

 さまざまな顔のちあきなおみが堪能できる仕掛けになっているのですが、「魅惑のハスキーボイン」という不適切極まりないキャッチフレーズでデビューした当時と、「歌の世界を語り、演じ、描く、それができるちあきなおみ」とが同居するのはせわしないといえばせわしない。

 とりわけ録音時期によって演奏はまるで違います。ド演歌仕様の「矢切の渡し」もあれば、ニュー・ウェイブな「星影の小径」もあり、服部隆之の編曲による「黄昏のビギン」もあります。ライヴは歌芝居の「ねえあんた」でさえ、シンセとピアノを中心としたロック仕様です。

 ますます落ち着きません。このせわしなさから逃れるためには、ボックスセットを買わざるをえなさそうです。実際、ちあきなおみは活動休止から長期間が経過しているにもかかわらず、ボックスセットが売れる歌手なのだそうです。辞めてもなお第一線。凄い歌手です。

 解説で三木容氏が書いている通り、「ちあきなおみの歌は、彼女の声の特質があるかもしれないが、湿ったべたついた過剰な『泣き』は感じられません」。彼女の歌には歌芝居と言われても、べたつかない潔さがあります。確かにちあきなおみは歌謡界の宝であります。

Begin / Chiaki Naomi (2019 テイチク)



Tracks:
01. 星影の小径
02. イマージュ
03. 冬隣
04. 雨に濡れた慕情
05. 四つのお願い
06. 紅とんぼ
07. 矢切の渡し
08. すり切れたレコード
09. 朝日のあたる家(朝日楼)
10. ねえあんた
11. 夜へ急ぐ人
12. 祭りの花を買いに行く
13. かもめの街
14. 嘘は罪
15. 黄昏のビギン
16. 喝采
17. 紅い花
18. そ・れ・じゃ・ネ

Personnel:
ちあきなおみ : vocal