日本主導の企画だったこともあるのか、マイルス・デイヴィスの来日公演を収録した「アガルタ」、当初の邦題「アガルタの凱歌」は、とりわけ日本では評価の高いアルバムです。エレクトリック・マイルスの最高傑作に推す声も大きい。名盤の誉れ高い逸品です。

 ミュージック・マガジン誌などは2009年発行のアルバム・ランキング・ベスト200において、本作品を過去40年間のすべてのアルバムの中でなんと19位に位置づけています。ロック系が中心の同雑誌ですから、マイルスのみならずジャズから唯一の入選です。

 今村健一氏曰く、「動と静のコントラスト、明確なヴィジョンと混沌、巨大なエネルギーと繊細な和声感覚、といったマイルスという表現者を形成する様々な(時に二律背反した)価値観が幾層にもパイ生地のように折り重なりバランスよく同居している」のです。

 この評価に代表されるように本作品には世紀の名盤として絶賛の嵐が浴びせられています。米国でも、この時期はマイルスの人気も低迷していましたから、当時は酷評されたようですが、今ではエレクトリック期の代表作と捉えられている模様です。

 バランスのために酷評も掲げておきますと、本作品に「イデオロギーなきオルガナイザーの力量とパワーを見るけれど、彼の音楽はアンクル・トムの安定し安全なスイング・ミュージックに過ぎず、闘いの音楽、解放の音楽とはアンチに位置するものである」。間章氏です。

 さて、本作品は1975年2月1日に大阪フェスティバル・ホールで行われたライヴを収録したものです。全体では3週間のツアーに及ぶ長いツアーであることに加え、この日も昼夜の二回公演というハード・スケジュールです。健康問題を抱えていたとは思えない精力です。

 「アガルタの凱歌」は昼の部の公演です。ちなみに夜の部は「パンゲア」として発表されています。いずれもマイルスのライヴ盤としては珍しく、その演奏は編集なしにそのまま収録されています。そのため、全体は100分近く、切れ目なしの演奏が続いています。

 メンバーは、ピート・コージーとレジー・ルーカスのギター組、マイケル・ヘンダーソンのベース、アル・フォスターのドラム、エムトーメのパーカッションのこの当時の安定したラインナップに、唯一の新顔ソニー・フォーチュンのサックスが加わります。

 もちろんエレクトリック・セットで、とりわけコージーのギターの大活躍が目立ちます。鍵盤奏者がいませんが、ここはマイルスがオルガンを弾いたり、コージーがシンセを操ったりして補っている様子です。美しい「マイシャ」という曲もありますが、基本は音の洪水です。

 ルー・リードの「メタル・マシン・ミュージック」に比肩する人もいるので、どんなサウンドかと身構えましたが、ここでのマイルスはとても聴きやすいです。エレクトリック期の中でも、攻撃的ではなくて、アンサンブルがずいぶんすっきりしているように思います。

 アガルタはスリランカの伝説の地下聖都です。仏教系ですね。そのアガルタをタイトルとした本作品は横尾忠則の装幀が話題をさらいました。横尾のジャケットでは「ロータスの伝説」に並ぶ素晴らしい作品です。ここはLPサイズで鑑賞したいところです。

Agharta / Miles Davis (1975 Columbia)



Tracks:
(disc one)
01. Prelude
02. Maiysha
(disc two)
01. Interlude / Theme From Jack Johnson

Personnel:
Miles Davis : trumpet, organ
Sonny Fortune : alto sax, flute, soprano sax
Pete Cosey : guitar, percussion, synthesizer
Reggie Lucas : guitar
Michael Henderson : bass
Al Foster : drums
Mtume : percussion