ジャケットに描かれた犬の名はパトリシアです。フランク・ザッパ先生の作品にはよく顔を出す禍々しくも可愛らしい犬ですね。描いたのはドナルド・ローラー・ウィルソンという画家です。奇妙なリアリズムが見るものに何ともいえない不安を呼び起こす素晴らしい絵です。

 パトリシアは、「郵便配達は二度ベルをならす」にそっくりな情景を描いたアルバムの表題曲の中で、その行為の一部始終を目撃するという大変重要な役割を果たしています。残念ながらと申しますか、大変主人公にとっては好都合なことに吠えませんけれども。

 このアルバムは、現代音楽の巨匠ピエール・ブーレーズがザッパ先生の作品の指揮をとったという名高い作品「ザ・パーフェクト・ストレンジャー」です。二つの世界の巨匠同士が火花を散らしました。ズービン・メータ、ケント・ナガノに続く大物指揮者の起用です。

 アプローチしたのは先生の方です。当初はフル・オーケストラは動かせないと断ったブーレーズですが、先生が小編成の室内楽曲に編集しなおして再度アプローチすると今度は断りませんでした。演奏はアンサンブル・アンテルコンテムボランというユニットです。

 これまではドラム入りでしたが、今回はそれもなし。ブーレーズはこの完全にクラシック仕様の楽団を指揮しています。楽曲は表題曲の他に「オーケストラル・フェイヴァリッツ」が初出の「ネイヴァル・エイヴィエイション・イン・アート?」と「デュプリーの天国」の三曲です。

 いずれの楽曲も、クラシック仕様のサウンドに、決してお上品とは言えない情景が重ねられています。先生は、「これはエンターテインメント目的のためのもので、決してアート表現の類のものではない」と宣言しています。先生の音楽に対する姿勢が表れています。

 一方で、ご丁寧に同じ解説が英語の他にフランス語、ドイツ語、イタリア語で印刷されており、クラシック然としたところがあるのもご愛嬌です。ジャケットも絵はともかくデザインはクラシック的です。裏ジャケにはブーレーズの真面目な写真も掲載されています。

 本作品はブーレーズの指揮に負うところが多いのだろうと思いますが、余裕に満ちた大きなサウンドになっています。複雑なメロディーも緊迫感の中にもしなやかさが感じられる本格的な音がなります。ザッパ先生のオーケストラ作品の中では私は一番好きです。

 共演はしたものの二人の関係は微妙なところがあったようで、ブーレーズはザッパ作品への評価を留保していました。しかし、そのブーレーズも先生が亡くなった時に、ザッパ作品を讃えるコメントを出しています。べたべたするよりも、緊張感があっていい関係ですね。

 ところで、ブーレーズ指揮は3曲のみで時間的には3分の2以上を占めていますが、残りの4曲はバーキング・パンプキン・デジタル・グラティフィケーション・コンソートの演奏となっています。やたらと長い名前ですが、これは魔法の電子楽器シンクラヴィアのことです。

 人力では不可能な演奏も可能にするこの楽器はヒューマン・エラーに悩まされていたザッパさんの大のお気に入りとなり、以降、彼のアルバムでは大活躍することになります。ここでは室内楽演奏と同居して違和感のないシンクラヴィアの音色が美しいです。

Boulez conducts Zappa : The Perfect Stranger / Frank Zappa (1984 Barking Pumpkin) #039

*2013年11月27日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. The Perfect Stranger
02. Naval Aviation In Art?
03. The Girl In The Magnesium Dress
04. Dupree's Paradise デュプリーの天国
05. Love Story
06. Outside Now Again
07. Jonestown

Personnel:
Pierre Boulez : conductor
Ensemble InterContemporain
The Barking Pumpkin Digital Gratification Consort