矢野有美はデビュー・シングル、デビュー・アルバム、そして本作品「メイキン・イット」とわずか1年のうちに3回も大幅に路線を変更しています。本作品はテクノ歌謡の名盤となったデビュー作品からわずか3か月後に発表された12インチ・シングルです。

 1985年当時は12インチ・シングルがかなりのおしゃれアイテムとなっていました。ニュー・ウェイヴないしはポスト・パンクのさまざまなアーティストがこぞって12インチ・シングルを発表していたものです。リミックスも多く、クラブ・ミュージックにスムーズにつながります。

 この作品は4曲入りの12インチ・シングルで、すべてが洋楽のカバーです。それも後にユーロビートと称される電子楽器によるディスコ音楽ばかりです。洋楽カバーというとヒットチャートものを思い浮かべますが、ここはそうではなくフロアでの人気曲ということです。

 それぞれの楽曲は、シャンディ・シナモンの「メイキング・イット」、アンジー・ゴールドの「素敵なハイエナジー・ボーイ」、マイ・マインの「キューピッド・ガール」、メリー・Dの「フォロー・ミー」です。私はユーロビートにはとんと疎いのでどのアーティストも知りませんでした。

 ただし、この中の「素敵なハイエナジー・ボーイ」は曲はよく知っています。これは荻野目洋子の大ヒット曲「ダンシング・ヒーロー」の原曲なんです。矢野有美のカバーは荻野目洋子のわずか1か月後というタイミングになってしまい、全く埋もれてしまいました。

 ゴールドのオリジナルは日本ではアルファ・レコードから発売されていたこともあって、ここに収録されたのでしょう。きわめて自然な流れではありました。訳詞と書いてありますが、これは作詞で、戸川純のアルバムで作詞家デビューした真名杏樹がてがけています。

 サウンドはサザンオールスターズのアルバムに参加していた国本佳宏が担当しています。すべての演奏と編曲は国本の手になります。国本はサザンの他にも戸川純の「玉姫様」などにも係わっていますが、その後、宇宙をテーマにした音楽活動で名をはせることになります。

 ここは当時の典型的なまさにハイエナジーなエレクトロニクス・サウンドです。まだハウス/テクノ・ミュージックが本格的に日本に登場する前のことで、ポスト・テクノでありプレ・テクノであるというサウンドです。国本が一人でやっていることで統一感は抜群です。

 矢野のこの時のキャッチフレーズは「よりファッショナブルに、よりROCKする」となっており、まだロックという言葉がお洒落だった頃の匂いを残しています。ここでも矢野有美は淡々と歌っており、個性を主張しない歌い方は国本サウンドにぴったり合っています。

 なお、「キューピッド・ガール」のシングル・バージョンはローラー・コースター・バージョンとされ、世界の屋敷豪太と日本でのヒップホップの先がけである藤原ヒロシがアレンジを手掛けていて聴かせます。アルファならではの最先端路線。これは貴重な音源です。

 ボートラでデビュー曲「経験・美少女」と二作目「キュートにeyeして」のAB面が収録されています。こちらは三浦徳子/小田裕一郎という松田聖子のスタートダッシュを支えたコンビが曲を書いており、テクノでもロックでもない王道アイドル路線です。これも良かったんですが。

Makin' It / Yumi Yano (1985 アルファ)



Tracks:
01. Makin' It
02. Eat You Up
03. Cupid Girl
04. Follow Me
(bonus)
05. Cupid Girl (Roller Coaster version)
06. 経験・美少女
07. 新しい淋しさ
08. キュートにeyeして!
09. ハートのアドレス

Personnel:
矢野有美
国本佳宏