1975年から78年までの短い間でしたが、ブライアン・イーノが中心となってアイランド・レコードに設けられたオブスキュア・レーベルは人々に強いインパクトを与えました。実験的でありながら親しみやすい音楽の数々は当時としては極めて画期的なものでした。

 もともとは英国でアンダーグラウンド・シネマのスポンサーとなっていたアラン・パワーなる人物がその実験的なサウンドトラックを音源として発表したいというところから始まりました。相談を受けたギャヴィン・ブライアーズがブライアン・イーノを紹介して構想がまとまります。

 この構想自体はは石油ショックによる塩化ビニール不足でとん挫しますが、その2年後にイーノがアイランドのクリス・ブラックウェル社長に持ち込んで実現しました。ブラックウェルは何枚か出せば「チューブラー・ベルズ」のような大ヒットが生まれることを期待していた模様です。

 ブライヤーズはアドバイザーとしてレーベルに係わっており、当時の英国や米国西海岸などで綿々と続いていた実験音楽群をイーノに紹介し、次々とリリースにこぎつけます。第一弾は4作品で、ブライヤーズ自身の本作品「タイタニック号の沈没」はそのうちの一つです。

 ブライヤーズは音楽学校を出た人ではなく、個人レッスンで作曲を学んだ後、ベース奏者としてさまざまな大衆音楽を奏した経験を有します。その後、フリー・ジャズに転じますが、突如即興音楽に興味をなくし、その後、半ばアカデミックな音楽の世界に身を置いています。

 半ばアカデミックと申し上げたのは、ブライヤーズの音楽は実験音楽ではあるのですが、当時の先鋭的な現代音楽に比べると、柔らかでより情緒的であるため、アート・スクールで教えることができても、音楽学校向きではないということです。ポピュラー音楽でもありません。

 オブスキュアはそうした音楽の数々を発表するプラットフォームになったわけです。ブライヤーズの代表作となる本作品はそうしたレーベルの性格を見事に象徴する名作です。後に再録音も繰り返され、今やスタンダード作品です。これは初録音だけに若々しい音です。

 A面は「タイタニック号の沈没」です。タイタニック号が沈没する際に最後の最後まで楽団が演奏していたという話をモチーフにした楽曲で、ドローン的に穏やかな弦の響きが続きます。大きな悲劇を秘めて水の中に閉じ込められていたサウンドの再現となっています。

 B面はロンドンの浮浪者を撮ったフィルムの中で、ある浮浪者が歌う♪ジーザス・ブラッド・ネヴァー・ヴェイルド・ミー・イェット♪という一節を延々と繰り返すという楽曲です。最初はボーカルのみで、そこに徐々に弦楽器、ギター、ベース、吹奏楽器、オルガンなどが加わります。

 後者はブラックウェルが、「イーノがおかしくなった」と激怒したという代物です。しかし、実験的であるものの、攻撃的ではありませんし、奇をてらっているわけではない、耳に馴染む素晴らしい楽曲だと思います。後にトム・ウェイツと再録音しているのもよく分かります。

 この録音の時には参加者たちが後のキャリアを心配して、アルバムに名前を載せないように懇願したそうですから当時の雰囲気が忍ばれます。ギターで参加している即興音楽の大家デレク・ベイリーはもちろんしっかりクレジットされているのも面白いです。

The Sinking of the Titanic / Gavin Bryars (1975 Obscure)



Tracks:
01. The Sinking Of The Titanic
02. "Jesus' Blood Never Failed Me Yet"

Personnel:
Gavin Bryars : conductor, piano
The Cockpit Ensemble
John Nash : vilolin
Sandra Hill : double bass
Angela Bryars : music box
Miss Eva Hart : spoken voice
Derek Bailey : guitar
Michael Nyman : organ
John White : tuba