英国で盛んな趣味の一つにトイ・ソルジャーがあります。文字通りミニチュアの兵隊さんです。これを何百と集めて喜んでいる人がたくさんいます。おもちゃの兵隊というと何ですが、薔薇戦争などの中世の戦いを大部隊で再現しているのを見ると恐ろしく本格的です。

 アンディ・パートリッジの自宅にもトイ・ソルジャーの一大部隊がおり、レポーターが少し触れたかなんかで激怒していたのを覚えています。パートリッジの人柄を物語るエピソードは数多くありますが、私にはこの話が一番しっくりきます。音楽の秘密もこの辺にありそうです。

 さて、前作では次の作品を「アップル・ヴィーナスVol.2」としていたはずのXTCですが、発表されたアルバムには同じ添え書きはあるものの、タイトルは「ワスプ・スター」と銘打たれていました。これもアズテカ語でヴィーナスを意味するそうではありますが。

 本作品も分厚いジュエル・ケースに入っていますし、パートリッジとコリン・ムールディングの二人による美術作品などを集めたピクチャー・ブックがおまけでついています。前作に引き続いてとてもとても丁寧な仕様で発売されました。採算がとれるのか心配になってしまいます。

 この形態にも表れている通り、本作は前作と2枚組になるはずだった兄弟アルバムです。ただし、前作がストリングスを多用してアコースティック感覚だったのに対し、本作はライブ・バンドのような生きのいいエレクトリック感覚だとその対比を際立たせる言い方もされます。

 「ブラック・シー」や「ビッグ・エクスプレス」の頃のようだと言う人もいますが、それはどうでしょう。前作に比べればロック的ですが、昔に比べれば随分おとなしいです。若い頃の勢いで突っ走る感じは皆無で、ロック的ながらゆったりしたリズムで前作とつながっています。

 本作品の録音に参加しているメンバーはほとんど前作と同じです。ただし、ドラムスをチューブスのプレイリー・プリンスとチャック・サボが分け合っています。サボはエルトン・ジョンやテイク・ザットなどの作品に参加しているセッション・ミュージシャンです。

 また、冒頭の1曲「プレイグラウンド」には、パートリッジの娘さんであるホリーがコーラスで参加しています。ホリーは後にシービーツというバンドでボーカルをとることになります。親ばかですね。ぎすぎすした話が多いパートリッジも微笑ましいことをするものです。

 このアルバムに並んでいる曲は、いずれも本当に良くできていますし、これまでのXTCの曲の癖がいろいろと顔を出しているので、オールド・ファンにはほっとできる瞬間が多い。それに何よりもロック的なので、安心できます。ただしドキドキはしない。しみじみと聴くのみです。

 解説で矢口清治氏は、本作品を「僕の10代を永遠に封印している遥かなる英国産ポップ・ミュージックの、絶対に褪せない魔法の調べが詰まったアルバム」だと書かれています。本当にその通りなのですが、ノスタルジーの匂いにはっとしてしまう作品でもあります。

 20世紀半ばに誕生したロックもはや半世紀を経て、演奏する人も聴く人もその年齢がずいぶん上がってきています。大人世代への反抗の音楽だったロックですけれども、この頃にはいわゆる「大人のロック」と無理なく称されるようになりました。一抹の寂しさを感じます。

Wasp Star (Apple Venus Vol.2) / XTC (2000 Idea)

*2013年7月26日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Playground
02. Stupidly Happy
03. In Another Life
04. My Brown Guitar
05. Boarded Up
06. I'm The Man Who Murdered Love
07. We're All Light
08. Standing In For Joe
09. Wounded Horse
10. You And The Clouds Will Still Be beautiful
11. Church Of Women
12. The Wheel And The Maypole

Personnel:
Andy Partridge : vocal, guitar
Colin Moulding : vocal, bass
***
Chuck Sabo : drums
Prairie Prince : drums
Matt Vaughn : programming
Nick Davis : keyboards
Kate St. John : oboe
Simon Gardner : flugelhorn
Gavin Wright : violin
Patrick Kiernan : violin
Peter Lale : viola
Caroline Dale : cello
Holly Partridge : chorus