「この1枚がロックを変えた」とまで帯に書かれています。確かにこの作品は百花繚乱の英国ニュー・ウェイブ期において一際異彩を放った作品でした。きわめて実験的な音楽ながら、飄々としたユーモア感覚でポピュラリティーも獲得した一枚です。

 同時に「史上初のおたくロック・アルバムとして燦然と輝く」とも書いてありますが、こちらは少し異議があります。孤独な宅録というよりも、芸大生のサークルによる文化祭発表作品という方が似合います。おたくというイメージとはちょっと違います。

 フライング・リザーズはアート・スクール出身のデヴィッド・カニンガムのプロジェクトで、ビートルズもカバーしたモータウンの名曲「マネー」の脱力カバーによる世界的なヒットで一躍有名になりました。この曲の録音風景がこのプロジェクトを端的に表しています。

 まず、ピアノはジュリアン・マーシャルという方で、最初は二本のマイクをピアノの中と床に置いたメトロノームのそばに置いて録音、二度目はピアノの中にあらゆるものを投げ込んでバンジョーのような音が出るようにして録音しています。プリペアード・ピアノです。

 そこにスネアドラムとタンバリンを一緒に叩いた音、バスドラの代わりにベースをスティックで叩いた音、ギター音などを足してゆき、カレッジの友達だというデボラ・エヴァンスの話声のようなボーカルを加えることで出来上がった曲です。バンド演奏とは無縁ですね。

 「マネー」の前に「サマータイム・ブルース」のカバーが注目を集めていますが、それもエヴァンスの話声がボーカルでした。カニンガムはティナ・ターナー風に、エヴァンスはジョニ・ミッチェル風にしたかったそうですが、無理だったので止めたんだそうです。

 「マネー」の大ヒットでヴァージンとの契約が無事更新できたことでアルバム作りが始まります。アルバムにはジャーナリストのヴィヴィアン・ゴールドマン、英国の即興音楽シーンにはかかせないスティーヴ・ベレスフォードとデヴィッド・トゥープが参加しています。

 さらにカニンガムが制作を手伝ったディス・ヒートやポップ・グループ、それにレゲエのアスワッドのメンバーも参加しています。ただし、バンド風のまとまった形での参加ではありません。素材として使われているようで、あちらこちらに顔を出しているというところです。

 比較的大きな貢献をしているデヴィッド・トゥープは、バンド形態ではなく自由に出入りする人々を使って、ベストなポップ・ミュージックでありながら即興の融通性と予見不可能性がある音楽をスタジオで一緒に書くことを目指したと語っています。

 出来上がったサウンドは、妙に近づきやすい前衛ポップの面持ちで、皆に愛されるものでした。何とも楽しいサウンドです。大ヒットしたというわけではありませんが、当時から熱烈な支持を受けており、とても有名な作品になりました。後世への影響は極めて大きいです。

 デヴィッド・カニンガムの作り出す音楽は、彼が作らなければ世界の誰も作らないものだと語ったのは細野晴臣さんでした。唯一無二ですけれども、盲腸のような存在です。そこを面白がることこそがポップ・ミュージックの真骨頂です。最高のアルバムの一つだと思います。
 
The Flying Lizards / The Flying Lizards (1979 Virgin)

*2015年6月6日の記事を書き直しました。

参照:The Flying Lizards: A Pop Band Arranged According to the Laws of Chance - written by Mark Allen, appeared in Sound Collector #6, April 2001



Tracks:
01. Mandelay Song
02. Her Story
03. TV
04. Russia
05. Summertime Blues
06. Money
07. The Flood
08. Trouble
09. Events During Flood
10. The Window
(bonus)
11. All Guitars
12. Tube
13. Money (single edit)

Personnel:
David Cunningham
***
David Toop
Steve Beresford
Michael Upton
Deborah Evans-Stickland
Vivien Goldman
Julian Marshall