フィリップ・グラスが制作したオペラ三部作からの曲を集めたコンピレーション・アルバム、「ソングス・フロム・トリロジー」です。発表されたのは1989年3月のことです。各楽曲はいずれもすでに発表されたアルバムから採られており、再演ではありません。

 グラスのオペラ三部作はいずれもポートレート・オペラと呼ばれるもので、それぞれアインシュタイン、マハトマ・ガンディー、アクナーテンを主人公に据えて、そのポートレートを描いていくものです。時代も人物像もばらばらですが、グラスはこれを三部作として制作しています。

 グラスは「三部作は三夜続けて上演されるように作った」としており、その夢がようやく叶ったのは1990年6月のドイツ、シュトゥットガルトでのことでした。三部作の最後を飾る「アクナーテン」の初演から7年後のことでした。最初の「浜辺のアインシュタイン」からは14年。

 本作品が発表されたのはその1年前ですけれども、アルバムのライナー・ノーツにはすでにシュトゥットガルトのニュースは掲載されており、「どんなことになるのか全然わからない。私も皆さんと一緒に三部作を見ることが楽しみで仕方がない」と期待を語っています。

 してみると、本作品はその予習のために制作されたともいえるわけです。三部作はいずれも長尺の舞台ですし、それを圧縮して収めたCDもいずれも二枚組ですから、ちょっと聴いてみようというわけにはなかなかいきません。そこで、ハイライトを集めた本作品の登場です。

 クラシックのオペラでいえばアリア集ということになるのでしょう。元のCDではトラックとして独立していなかった曲がここではタイトルを付して一つの歌曲として収録されています。各楽曲は5分前後にまとまっており、まさにアリア集です。シングル・カットまで出来そうです。

 収録は1976年の「浜辺のアインシュタイン」、1980年の「サチャグラハ」、1983年の「アクナーテン」からそれぞれ4曲ずつ、合計12曲の収録です。時系列で並んでいるのではなく、三作からの各楽曲が順不同でごちゃまぜに並ぶ構成になっています。

 三部作とはいえ、三つのオペラは一気呵成に制作されたわけではありませんし、楽器の構成も違います。特に「浜辺のアインシュタイン」はオーケストラではなく、小規模なフィリップ・グラス・アンサンブルによる演奏です。いわゆるミニマル音楽の要素が強い。

 したがって、それぞれ特徴的なわけですが、ここに順不同で並べられると一貫性がみてとれるところがさすがは三部作です。さまざまな演奏を通して、メロディーなりリズムなりにグラスらしさがにじみ出てきています。シンプルでも大仰でもない、グラスの音楽です。

 選りすぐられた楽曲群がスポークン・ワードとオペラ歌唱で一つ一つ丁寧に提示される。アリア集ならではです。三人の偉人のポートレートはひとまず置いておいて、楽曲の気合の入り方を愛でるにはもってこいです。ベスト・ヒッツ・オブ・三部作です。

 現代音楽による同時代のオペラは、評論家筋の評価と商業的な成功の双方を達成することはなかなか困難であるといわれますけれども、グラスの三部作はそれを見事に達成しています。それならばこそのアリア集、三夜公演への助走にしてファンへの感謝の印です。

Songs from the Trilogy / Philip Glass (1989 Sony)



Tracks:
01. Protest
02. Evening Song
03. Hymn To The Sun
04. Trial / Prison
05. Akhnaten And Nefertiti
06. Kuru Filed Of Justice
07. Knee Play 1
08. Tolstoy Farm
09. Window Of Appearances
10. Bed
11. Epilogue
12. Knee Play 5

Personnel:
Milagro Vargas, Claudia Cummings, Sheryl Woods, Iris Heskey : soprano
Rhonda Liss : alto
Doublas Perry, Paul Esswood : tenor
Robert McFarland : baritone
Scott Reeve : bass
Lucinda Childs, Sheryl Sutton : speaker
Paul Zukofsky : violin
Jon Gibson : soprano sax
Richard Landry : bass clarinet
Philip Glass, George Andoniadis : organ
Mr. Johnson : bus driver
Michael Riesman : conductor
The Philip Glass Ensemble
Christopher Keene : conductor
The New York City Opera Orchestra & Chorus
Dennis Russell Davies : conductor
The Stuttgart State Opera Orchestra & Chorus