とうとうスパークスのアルバムも20作目を数えることになりました。デビュー・アルバムの「ハーフネルソン」から35年、その間、激しい紆余曲折はありましたが、ロンとラッセルのメイル兄弟は仲良く仕事を続けています。こうなるともう尊敬しかありません。

 ロンによれば、前作「リル・ベートーヴェン」で人々の目を覚まさせるような作品ができたので、次のステージに行きたいと考えて、それが実現したのが本作品「ハロー・ヤング・ラヴァーズ」であるということです。前作からは3年と少しの時間が経過しています。

 前作ではアルバムの制作方法についてブレイクスルーがありました。自分たちのスタジオで誰にも邪魔されずにアルバムを完成させ、それを出そうというレコード会社を見つけて、リリースするというものです。尊敬を集めるスパークスですからどこかには引っ掛かります。

 この手法は前作で試され、そして見事に成功しました。本作品は、ついに手に入れた自由を祝福するアルバムだということなのでしょう。そう考えると確かに次のステージに進んでいます。600回もオーバーダブを重ねたことがその証左でなくてなんでしょう。

 ただし、その意気込みにもかかわらず、世評は本作品を「リル・ベートーヴェン」の続編のように扱っています。ピアノとストリングスを前面に押し出したサウンド、ミニマル音楽のように反復するメロディーが醸し出すリズム、前作を際立たせていた要素がここでも全開です。

 本作品からは2曲がシングル・カットされました。一曲は「パフューム」で英国では80位と低いもののチャート入りしています。女性の名前とそのまとっている香水が列挙され、♪君は香水をつけないから一緒にいたいんだ♪と繰り返す、実にスパークスらしい楽曲です。

 もう一曲、「ディック・アラウンド」は物議を醸しました。経営者が会社を辞めてぶらぶらする、というような内容の歌詞なのですが、タイトルに使われた「ディック」が俗語では男性器を意味することからBBCで放送禁止になってしまったのです。ロンはこれに猛反発しました。

 結果的にBBCの子どもじみた態度は改められ、無事に放送禁止は解けるわけですけれども、こうした騒ぎまであらかじめ計算していたかどうかは定かではありません。そうした話題があったにもかかわらず、あまりヒットはしませんでしたが、この曲もなかなかいい曲です。

 この曲でも、ラッセルのボーカルが何回も何回も重ねられており、あたかも楽器の一つであるかのような使われ方をしています。高らかにアルバムの始まりを告げ、アルバムの充実を約束しているかのようです。スパークスの行く手にもはや怖いものはないでしょう。

 各楽曲はいずれも大変に手が込んでいますし、どれも一筋縄ではいきません。中には「(ベイビー、ベイビー)キャン・アイ・インヴェイド・ユア・カントリー」なる政治的なタイトルと歌詞を伴う曲もあります。イラク戦争を戦うアメリカへの強烈な皮肉ですね。

 ロンは「曲が嫌いでも構わない。それこそがポップ・ミュージックの本質だ」と素晴らしい発言をしています。その自信に満ちた態度は、アルバムをイギリスのチャート入りさせることになりました。この自信作でスパークスへの注目はまたまた大きく高まってきたのでした。

Hello Young Lovers / Sparks (2006 In The Red Recordings)



Tracks:
01. Dick Around
02. Perfume
03. The Very Next Fight
04. (Baby, Baby) Can I Invade Your Country
05. Rock, Rock, Rock
06. Metaphor
07. Waterproof
08. Here Kitty
09. There's No Such Thing As Aliens
10. As I Sit Down To Play The Organ At The Notre Dame Cathedral

Personnel:
Ron Mael : keyboards, orchestrations
Russell Mael : vocal
Tammy Glover : drums
Dean Menta : guitar
Jim Wilson : guitar
Steven Shane McDonald : bass