コロナ禍が引き起こした数々の奇蹟の中で、とりわけ私にとって印象深いのがアメリカの現代音楽家テリー・ライリーの日本移住です。当時は来日していたら帰国できなくなってしまった外国の方が多くいらっしゃいました。ライリーもその一人でした。

 世界ツアーの最初期に予定されていた佐渡でのプロジェクトのために来日していたライリーをコロナ禍による移動制限が直撃し、その後のツアーはすべてキャンセルされてしまいます。「特に他に行くところも無かったので、ではしばらく滞在してみようか」となりました。

 2017年にライリーが来日した際に知遇を得て、弟子入りを許されていた宮本沙羅ご一家が日本での受け入れ先になりました。弟子入りしたのは2019年7月、コロナ禍は2020年2月ですから、何ともタイミングが素晴らしい。まるでこの未来が予見されていたようです。

 おまけに宮本の父はレコーディング・スタジオを持っており、「非常に良いピアノがあること」などが次々に判明すると、「そこでレコーディングをしないとね」となったのだそうです。ライリーはこの時すでに84歳です。何とも軽やかなステップを踏む後期高齢者です。

 本作品は2020年3月11日から13日にかけて同スタジオで行われた非公開セッションを記録した作品です。題して「スタンダーズアンド」、副題は「小淵沢セッションズ#1」とスタジオの所在地が付されています。サウンドには小淵沢の澄んだ空気が練りこまれているようです。

 アルバムはジャズのスタンダードとオリジナル楽曲で構成されています。一曲を除き、一切の編集もオーバーダブもしていない、ライリーのソロ演奏です。スタンダードを録音することは長年友人や家族から言われていたそうで、ここに念願がかないました。

 スタンダードは「イズント・イット・ロマンティック」や「ラウンド・ミッドナイト」などなど、掛け値なしのスタンダード曲ばかりが6曲です。子どものころからずっと演奏してきたという珠玉の名曲の数々は「偉大な作曲家たちの筆によって形作られた宝」だとライリーは語ります。

 オリジナルは「宮本夫妻に捧げるバラード」のピアノ版とシンセ版に「パシャ・ラグ」という曲の3曲です。見事にスタンダードと地続きのサウンドです。根底には友人たちのためのコンサートであるとの気持ちがあったという本人弁がよく分かる曲名ですね。

 使われている楽器はピアノに加えて、スウェーデンのクラヴィア・デジタル楽器が出しているノード・ステージというデジタル・キーボード、シンセサイザーです。さすがにライリーはシンセの使い方が素晴らしい。ソロ演奏とは思えない幅広いサウンドが出てきます。

 宮本沙羅は「テリー・ライリーは、内的世界の深層(高次元)領域のエネルギーを、エゴによって歪ませること無く、純粋に、音とグルーヴに変換・形成しているように見える」と書いています。これには全く同意します。尊敬を集めたいとかそんな邪念は一切ありません。

 こんなに美しいスタンダードの演奏も聴いたことがありません。まるでジャズ的でない。ジャズであろうとすることもまたエゴなのでしょう。ライリー自身の姿もなくて、ここにあるのはとにかく豊かで美しい音楽だけです。ものすごく深いところで触れ合える、そんな音です。

Standarsand / Terry Riley (2023 星と虹)

残念ながら動画はありませんでした。悪しからず。

Tracks:
01. Isn't It Romantic?
02. Blue Room
03. The Best Thing For You (Would Be Me)
04. 'Round Midnight
05. Ballade For Sara & Tadashi (Piano)
06. Pasha Rag
07. Ballade For Sara & Tadashi (Synth)
08. Yesterdays
09. It Could Happen To You
10. Gotcha Wakatcha

Personnel:
Terry Riley : YAMAHA S400B, Nord Stage 3, voice
宮本沙羅 : voice on 10