スパークスによる通算19作目のスタジオ・アルバム「リル・ベートーヴェン」は自身も認める代表作になりました。ロンとメイルのラッセル兄弟にとって「大きな音楽的転換点」となった作品だとして、メディアを中心に高い評価も集めました。

 しぶとく生き残ってきたスパークスです。この頃にはこれまで冷たかったメディアもスパークスを尊敬のまなざしで見るようになりました。関係者によれば、みんなとにかくスパークスのことを褒めたがっていたのだそうです。潮目は変わりました。

 実際、本作品は「これまでのシンセポップやエレクトロサウンドから、ストリングスやピアノを中心としたクラシックとポップを融合させたスタイルへと劇的な進化を遂げ」ています。ロンは本作品を発表することで「人をあっと言わせることができた」と語っています。

 思えばここのところスパークスは過去の名曲を再演したり、シンセポップ路線を継続したりと、レコード会社の意見を取り入れアルバム作りを余儀なくされていました。しかし、売れない状況は継続していながらも、本作品からはそうした考慮を一切しなくてもよくなりました。

 本作品は前作同様にロサンゼルスのスパークス・スタジオ、すなわちホーム・スタジオで制作されていますが、本作品からは自分たちでアルバムを完成させて、それをレコード会社に持ち込んで、発売するか没にするかを選ばせるという戦略に出ました。

 どうせ売れないならと開き直ったような戦略でもありますが、自らの創作意思に嘘をつかないやり方は本作品の高い評価に結びつきました。自己プロデュース能力に長けたベテラン・バンドであるスパークスには自由にやってもらうことが一番です。

 本作品はドラムにタミー・グローバーが参加している他はほぼすべてをラッセル兄弟だけで制作されています。多用されているストリングス・サウンドはどうしたのか出所は記載されていませんけれども、どうとでもなるのでしょう。オーケストレーションはロンの担当です。

 明らかに演奏の中心はピアノです。ビートをきかせたシンセポップからピアノとストリングスを大々的に取り入れたサウンドへと大きく転換しました。とはいえ、スパークスの持ち味であるポップな曲作りは変わっていません。衣装が変わってますます冴え渡っています。

 本作品の中の最大の問題曲である「マイ・ベイビーズ・テイキング・ミー・ホーム」が良い例です。ピアノの印象的なラインがベースを作り、ほぼラッセルが最初から最後までタイトルを同じメロディーで繰り返すだけなのですが、どんどんどんどん盛り上がっていきます。

 歌詞に繰返しを多用するのは他の楽曲でも同じで、あからさまにビートを導入するのではなく、メロディーの反復がビートを醸し出すクレバーな手法にため息がでます。冒頭の楽曲「リズム泥棒」にて、♪ビートにさよなら♪と歌う念の入れようにも脱帽です。

 ラッセルの歌とロンのピアノはまるでデュエット歌手のようにベスト・マッチです。常に変貌してきたスパークスですけれども、本作品のスタイルはある意味で到達点のような気がします。隅から隅まで素晴らしい作品です。あまり売れなかったというのは世間がどうかしています。

L'll Beethoven / Sparks (2002 Palm)



Tracks:
01. The Rhythm Thief
02. How Do I Get To Carnegie Hall?
03. What Are All These Bands So Angry About
04. I Married Myself
05. Ride 'Em Cowboy
06. My Baby's Taking Me Home
07. Your Call's Very Important To Us. Please Hold.
08. Ugly Guys With Beautiful Girls
09. Suburban Homeboy

Personnel:
Russell Mael : vocal, programming
Ron Mael : keyboards, orchestrations, programming
Tammy Glover : drums, chorus
Dean Menta : guitar