デヴィッド・シルヴィアンによる「ダイド・イン・ザ・ウール」は「マナフォン・ヴァリエーションズ」と副題がつけられている通り、シルヴィアンの名作「マナフォン」を再解釈した楽曲を含んでいます。ここはリミックスとされていないことが重要です。確かにリミックスとは言いがたいです。

 本作品は「マナフォン」制作中に「車輪は意図せずに動き始めていたんだ」とシルヴィアンが語る通り、同作品制作中にシルヴィアンが日本の現代音楽家、藤倉大とコラボレーションを始めたことなどがきっかけとなって誕生したアルバムだといえます。

 「クラシックの作曲家として、誰かとコラボレートしたことは一度もない」と語る藤倉ですが、シルヴィアンは例外です。13歳くらいの時に初めてのポップ・ミュージック体験として聴いたシルヴィアンの「シークレッツ・オブ・ザ・ビーハイヴ」に魅了されていたのだそうです。

 コラボの最初は「マナフォン」の曲の一部へのオーケストレーションでした。藤倉は新曲も作ってこれに応えますが、シルヴィアンは結局「マナフォン」にはそぐわないと判断してアルバムには使用していません。ただし、新曲の一部は「スリープウォーカーズ」に収録しています。

 その後、藤倉の希望もあって、シルヴィアンは完成した「マナフォン」の曲全部をファイルで藤倉に送ります。この素材をもとに藤倉が再解釈を施した曲と藤倉がシルヴィアンのために作ったオリジナル曲が制作されていきます。これが本作品の半分を占めています。

 シルヴィアンはすでに手をつけていたエミリー・ディキンソンの詩をもとにした一連の曲と、藤倉が手をつけていなかった「マナフォン」の曲を、今度はヤン・バングに送ります。彼はサマディ・サウンドのレコーディング・アーティストで、これまでもシルヴィアンとコラボしています。

 バングはプンクトなるユニットを組んでいるエリック・オノレとともに喜び勇んでこの仕事に挑戦します。彼らの「マナフォン」の楽曲へのアプローチはシルヴィアンのボーカル以外はほとんど残さないというもので、ここもリミックスというよりもヴァリエーションが相応しい。

 こうして本作品のほとんどが出来上がっています。経緯からして二つのプロジェクトの合体となっていますけれども、藤倉とバングは後にコラボレーションすることになることからも分かる通り、親和性は極めて高い。シルヴィアンの取り持つ縁は深いです。

 藤倉はシルヴィアンのどこに魅かれたかを問われて、「とても簡単な答え、彼のファンタスティックな声です。あの声のために作曲したかった!」と即答しています。このことはおそらくバングも同じ。シルヴィアンの声と彼らとの真剣勝負が本作品のすべてです。

 とりわけ藤倉のオーケストレーションと対峙することによって、シルヴィアンのボーカルが新たな輝きを放っているように思います。なんと美しい音楽であることでしょう。繊細かつ力強いサウンドの連続に息をすることも忘れそうです。もはや恐ろしい。

 なお、本作品には加えて第二回カナリア諸島ビエンナーレに出展されたインスタレーション作品の音源が2枚目のディスクとして収録されました。シルヴィアンによれば「結局、この作品は今回のアルバムに属しているように感じたから」とのことです。

Died In The Wool Manafon Variations / David Sylvian (2011 Samadhisound)



Tracks:
(disc one)
01. Small Metal Gods
02. Died In The Wool
03. I Should Not Dare (For N.O.)
04. Random Acts Of Senseless Violence
05. A Certain Slant Of Light (For M.K)
06. Anomaly At Taw Head
07. Snow White In Appalachia
08. Emily Dickinson
09. The Greatest Living Englishman (Coda)
10. Anomaly At Taw Head (A Haunting)
11. Manafon
12. The Last Days Of December
(disc two)
01. When We Return You Won't Recognise Us

Personnel:
David Sylvian : vocal, sampling, electronics, electric guitar, keyboards
***
Dai Fujikura : strings conductor, sampling, strings arrangement, strings composer, flute conductor and arrangement
Erik Honoré : sampling, electronics, arrangement, synthesiser
Jan Bang : sampling, arrangement
***
Keith Rowe, 秋山徹次 : electric and acoustic guitars
Helge Sten : guitar samples
Fennesz : guitar, laptop
Werner Dafeldecker : acoustic bass
Eddie Prévost : percussion
Steve Jansen : cymbals
John Tilbury : piano
Christian Wallumrød : piano samples
John Butcher, Evan Parker : saxophone
Franz Hautzinger : trumpet
Arve Henriksen : trumpet samples, trumpet
Kate Romano : clarinet samples
Claire Chase : bass flute
Erik Carlson, Jennifer Curtis, Emma Smith, Jennymay Logan, Michi Wiancko, Wendy Richman, Ros Stephen : violin
Margaret Dyer, Charlie Cross, Vince Sipprell : viola
Christopher Gross, Marcio Mattos, Katinka Kleijn, Michael Moser, Laura Moody : cello
サチコM : sine wave sampling
Otomo Yoshihide : turntables
Günter Müller : effects
中村としまる : no-input mixing board