私がジャズを聴き始めたのは学生時代のことで、当時はジャズの歴史を勉強するような聴き方をしていました。それこそ名盤100選を順番に聴く、そんな聴き方です。そんな中で、本作品はそうしたお勉強とは全く関係なく出会って愛聴した数少ないジャズ作品の一つです。

 菊地雅章の「ススト」からは、「ガンボ」という曲がブリジストン・タイヤのテレビCMに使われており、そのレゲエのリズムがとても気に入って、ついアルバムを買ってみたのでした。それがこの作品との幸せな出会いでした。まさかこんな作品だとは思ってもみずに。

 菊地雅章、愛称は「プーさん」は、日本のジャズ界を代表するジャズ・キーボード奏者の一人です。本作品は菊地が活動拠点としていたニューヨークのスタジオを中心に制作されました。全曲、11人から15人のミュージシャンによるスタジオ・ライブです。

 スタジオ・ライヴ・セッションでは、リズム・パターンが示され、そのリズムの上で、プーさんが提示するモチーフに演奏者それぞれが反応していくという方式がとられたそうです。その際、何よりも大切にされたのは、「グルーヴ・フィーリング」だということです。

 聴くとすぐに分かることですが、基本的に同じリズム・パターンが延々と繰り返されています。ファンキーなリズム・セクションが確かに得も言われぬグルーヴ感をもたらしており、そのリズムにのせて、演奏者が比較的自由に即興を繰り広げています。

 一曲目の「サークル/ライン」のうねるビートからしてやられます。一丁目一番地はファンキーの極地です。プーさんはプリンスの「ブラック・アルバム」を聴いて、自分がやろうとしていることと方向性が全く同じだと気づいたそうです。この曲を聴くとよく分かります。

 CM曲の「ガンボ」はレゲエそのものです。乾いたギターが何とも言えず気持ちがいいです。怒涛のファンキーから一転して、ゆったりとしていて、リラックスできる曲です。タイトながらもルーズな持ち味のレゲエ曲もまた素晴らしい。アルバムのアクセントになっています。

 ほかの2曲と言うと怒られそうですが、どちらの曲も甲乙つけがたい傑作です。特に最後の「ニュー・ネイティブ」はマイルスの傑作ライヴ「アガルタ」や「パンゲア」を先取りした曲として高く評価する人もいます。プーさんがマイルスとセッションしたのは少し前のことでした。

 ライナーノーツには、DJクラッシュの「僕が演りたいと思っていた音楽を、マイルスやプーさんは20年以上も前から創っている」と発言が引用されています。そこからもうかがえる通り、繰り返されるリズムに即興ですから、基本的にクラブ系の音との親和性が高いです。

 私も当時、この音楽をジャズとして聴いていたわけではないことを思い出しました。リズムも典型的なフォー・ビートではありませんからね。後にマイルス・デイヴィスとの親和性が高いことを発見するのですが、当時はそんなことには全く頓着しておりませんでした。

 80年代の初めに、こんなにかっこいいサウンドがあったということはもっと知られてよいと思います。ジャズと言ってしまうと、聴き方にバイアスがかかってしまう気がしますけれども、この作品に限って言えば、そういうジャンル分けを意識せずに聴くのが正解です。

Susto / Masabumi Kikuchi (1981 ソニー)

*2013年1月30日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Circle / Line
02. City Snow
03. Gumbo
04. New Native

Personnel:
菊池雅章 : keyboards
日野皓正 : bolivian flute, cornet
Steve Grossman : soprano sax, tenor sax
Dave Liebman : soprano sax, alto flute, tenor sax
Richie Morales : drums
Yahya Sediq : drums
Hassan Jenkins : bass
James Mason : guitar
Marlon Graves : guitar
Barry Finnerty : guitar
Butch Campbell : guitar
Billy Paterson : guitar
Alyrio Lima : percussion
Alyb Dieng : congas
Sam Morrison : wind driver
Airto Moreira : perucssion
Ed Walsh : synth programming