「イースト・ウィンド」は菊地雅章によるジャズ作品ですけれども、本作品を発売したレーベルの名称でもあります。菊地はわざわざ新レーベルの発足を祝って楽曲のタイトルを変更し、さらにアルバム名も変更しました。双方の期待が合致した幸せなアルバムです。

 レーベルは日本のジャズ界をリードする創造的なミュージシャン達による吹き込みを中心に、海外からの来日アーティストとのコラボや日本録音、さらには独自企画による海外レコーディングなど意欲的に挑戦していこうという進取の気性にあふれたものです。

 レーベルは、日本のジャズを送り出してきた日本フォノグラムと、すぐれたジャズメンを次々に招聘して注目を集めていた「あいミュージック」の完全協力で設立されたということで、1974年当時のジャズ界の盛り上がりを感じることができます。

 菊地の本作品はその記念すべき第一弾です。この当時、菊地はニューヨークを拠点に活動しており、本作品は「1年2か月ぶりに帰国した菊地のいわば帰朝報告を兼ねた全国縦断コンサートのために組まれたオール・スター・クインテットによる新吹込みアルバム」です。

 ツアーでは1974年6月6日から7月10日まで全国主要都市で24回のコンサートが行われました。本作品はツアーも終盤近くとなった7月3日に東京青山のスタジオでの録音です。クインテットの演奏も十二分にこなれてきている最高のタイミングだと思います。

 クインテットは菊地に加え、野口久光氏の解説を借りると「日本のジャズ界を担うトランペットの日野皓正と、躍進目ざましいテナー、ソプラノの逸材峰厚介という2大ホーン」奏者を大きくフィーチャーしました。日野も峰もイースト・ウィンドから続いてアルバムを発表しています。

 リズム・セクションは、ベースにマッコイ・タイナー・カルテットのメンバーだったジュニ・ブース、ドラムにウェザー・リポートのドラマーを務めた新鋭奏者のエディ・ヘンダーソンが参加しています。ニューヨークで活躍する菊地ならではの人選だといえます。

 本作品に収録された2曲のうち、はアルバム・タイトルにもなった「イースト・ウィンド」はもともと「フォーリン・イン・ザ・スカイ」と題されており、コンサートで毎回最後に演奏された曲です。菊地のオリジナルでコンサートの間も進化を遂げてきた名曲です。

 「グリーン・ダンス」は、菊地が渡米する直前に残した、和スピリチュアルジャズの名盤とされる「エンド・フォー・ザ・ビギニング」にも収録されていた曲です。ここでは25分近くにふくらんでいますけれども、一切だれることなどなく、緊張感が続きます。

 私は特に「グリーン・ダンス」が好きです。メンバー各自が奔放な演奏を繰り広げる中、同じリズム・パターンが延々と繰り返されてグルーヴが生まれており、後の名作「ススト」にも連なる演奏です。後に菊地がマイルス・デイヴィスなどと活動するのもよく分かります。

 本作品の制作時には、菊地はまだ30代半ばです。この作品の後、菊地はジャンルを超えた幅広い演奏活動を繰り広げ、日本を代表する鍵盤奏者として世界に名をはせていくことになります。その息吹が十二分に感じられるかっこいい作品です。

East Wind / Masabumi Kikuchi (1975 East Wind)



Tracks:
01. East Wind
02. Green Dance

Personnel:
菊地雅章 : piano
日野皓正 : trumpet
峰厚介 : tenor sax
Juni Booth : bas
Eric Gravatt : drums