「LAのDIY歌姫」と呼ばれるラモナ・ゴンザレスによるソロ・プロジェクト、ナイト・ジュエルの4年ぶり5枚目のアルバム「ノー・サン」です。DIY歌姫とはよくも言ったものです。歌だけでなく、サウンド作りも自分でやりますから、まさにDIYなんですね。

 ナイト・ジュエルを支えてきたのは、ベックの2010年代を支えたプロデューサーとして知られるコールMGNで、二人は私生活でもパートナーでした。本作品は12年に及んだ二人の結婚生活に幕が下ろされてから初めての作品となります。

 作品発表のプレス・リリースには、本作品がその喪失と挽歌の伝統から生まれたと記されています。普通はそうした状況に置かれると、自分と見つめ合って気分で作品を作っていくということになりそうですが、ゴンザレスの場合は少し違います。

 なんとゴンザレスは女性が歌う挽歌の習慣に関する研究を行うべく、UCLAにて音楽学のPhDを始めたのでした。古代ギリシャの昔から、悲しみを表現する手段として女性の声が用いられてきた伝統があります。ゴンザレスはその女性たちの創造性を追求しました。

 ゴンザレスが立てた問いは「プロの嘆き人になるとはどういうことか」、もしくは「男の作曲家のために感情を乗せる道具として雇われるとはどういうことか」というものでした。ゴンザレスはそうした女性たちを中心に据えて研究を行ったわけです。

 その成果がこの作品に結実しているといえます。「ノー・サン」では女性が感じる痛みの形を問い直し、再構築していると説明されています。喪失を表現した音楽は数多いですけれども、ここまで歴史の文脈の中に置いて作品が作られたのは初めてではないでしょうか。

 ゴンザレスにとってはアルバム制作自体が儀式のような営みだったということです。これまで音楽パートナーでもあったコールMGNを欠いた初めてのセルフ・プロデュース作品ですから、プロセス自体に喪失を感じたことは想像に難くありません。

 しかし、さすがはプロフェッショナルな嘆き人です。まるで女々しくありません。パーソナルな嘆きを共同体の嘆きに昇華する力強さを感じます。ここにPhDが生きているのでしょう。ジャケットも典型的な挽歌のそれながら、ゴンザレスの表情は力強いです。

 アルバムは8曲中4曲に最小限のゲスト・ミュージシャンが参加している他は、すべてをゴンザレスが作り上げています。音数を抑えたエレクトロニクス・サウンドを背景に、ゴンザレスのボーカルが深く深く響きます。アンビエント的でもあり、とにかく美しいサウンドです。

 一曲だけカバー曲が収録されています。なんとサン・ラーの名曲「ホエン・ゼア・イズ・ノー・サン」です。♪もしも太陽がなければ空は暗闇の海である♪という一節をもつ感動的なこの曲をアルバムの最後に配して、宇宙大の挽歌に昇華させているのでしょう。

 意匠は実験的なエレクトロ・サウンドですが、歌そのものはたとえばジョニ・ミッチェルなどに通じるものがあります。さすがに歴史を研究してきただけのことはあり、綿々と続く女声歌手の伝統の上にしっかりと立脚しているのでしょう。心震わす歌唱です。

No Sun / Nite Jewel (2021 Gloriette)



Tracks:
01. Anymore
02. Before I Go
03. Show Me What You're Made Of
04. To Feel It
05. #14
06. No Escape
07. This Time
08. When There Is No Sun

Personnel:
Nite Jewel
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Corey Fogel : percussion
Julia Holter : synthesizer
Brian Allen Simon : sax
Jay Israelson : synthesizer
Corey Lee Granet : guitar