スヴャトスラフ・リヒテルは20世界最高のピアニストとも評されるロシア帝国生まれの大ピアニストです。出生地はウクライナ領となっており、父親はドイツ人、母親はロシア人、こういう人の国籍をどうこういうのはロシアとウクライナが戦争している今日、本当に難しい。

 国籍など関係ないと言ってしまえればいいのですが、東側諸国と西側諸国との間には鉄のカーテンがおりていましたから、まったく情報なしというわけにはいきません。現に1915年生まれのリヒテルは西側諸国では長らく「幻のピアニスト」とされていました。

 リヒテルのピアノ演奏がレコードとして西側諸国で発表されたのはようやく1958年になってからのことです。ベールを脱いだリヒテルの演奏は期待にたがわぬ名演だと西側諸国を震撼させました。翌年、ドイツ・グラモフォンはさっそくリヒテルを追ってワルシャワに飛びます。

 グラモフォンは当地でリヒテルの演奏を録音して何枚かレコードを制作しました。ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を収録した本作品もそのうちの1枚で、とりわけ大傑作とされている作品です。オーケストラはワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団です。

 このオーケストラは20世紀初頭に設立されましたが、第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けており、当時はようやく復興なったばかり、士気は高かったことでしょう。指揮者は当時はまだ常任ではなかったスタニスワフ・ヴィスウォツキが務めています。

 また、このオーケストラは日本の作曲家天野正道などの指揮で、日本のアニメやゲームの音楽を多数演奏していることでも有名です。「北の国から」、「ファイナル・ファンタジー」、「ジャイアント・ロボ」などと聞くと、急に親近感が湧いてきます。冷戦は終わりましたね。

 閑話休題。本作品でリヒテルが演奏しているのは一時期低迷していたラフマニノフが大復活を遂げたとされる「ピアノ協奏曲第二番」です。自身がピアノを弾いた初演は大成功を収めていますし、現在に至るもラフマニノフの作品中、最も人気が高いといってもよい作品です。

 ピアニストにとっては難易度が高い作品だそうです。一つにはラフマニノフ自身が大男で手が大きかったことから、どうしてもその手を基準に曲が出来ていることがあるのだそうです。リヒテル自身も巨大な手の持ち主だったそうですから、二人の相性は抜群です。

 当然、リヒテル自身もラフマニノフは得意だったようで、その後も何度も演奏を録音に残しています。しかし、本作品はリヒテルが西側に衝撃を与えた初っ端の作品ということで、格別です。1959年と録音が古いにもかかわらず、名盤として揺るぎない地位を獲得しています。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲といえば、ロマン派の中でもとりわけロマン派っぽい派手なイメージがありますけれども、リヒテルのこの演奏は重厚かつ暗めの情感がこもっていて、居住まいを正されるようです。冷戦当時、東側諸国に抱いていたイメージそのままです。

 併録されているのはピアノのための前奏曲からの6曲です。こちらは一大協奏曲が終わった後の余韻を楽しむにはもってこいのピアノ・ソロです。巨大な手が生み出す華麗なピアノで穏やかにアルバムが締めくくられていきます。心憎いカップリングです。

Rachmaninoff : 2 Konzert fur Klavier / Svjatoslav Richter (1959 Deutsche Grammophon)



Tracks:
セルゲイ・ラフマニノフ
01-03. ピアノ協奏曲第二番ハ短調 作品18
ピアノのための六つの前奏曲
04. No.12 in C major op.32 no.1
05. No.13 in B flat minor op.32 no.2
06. No.3 in B flat major op.23 no.2
07. No.5 in D major op.23 no.4
08. No.6 in G minor op.23 no.5
09. No. 8 in C minor op.23 no.7

Personnel:
Sviatoslav Richter : piano
Warsaw National Philharmonic Orchestra
Stanislaw Wislocki : conductor