ディナー・パーティーの3作目「謎めいた社会」です。輸入盤の国内仕様を買ったのですが、どうやら自動翻訳を使っているらしく、本邦で付加された帯に、このこなれない邦題がつけられました。これはまだいいのですが、各楽曲の邦題がなかなかの仕上がりです。

 たとえば「キャント・ゴー」が「行けない」、「セキュアー」が「安全」。味わいが深いです。極めつけはフィーチャリング・アーティストの表記です。原盤は「FEAT.」と略しており、これを直訳して「偉業」とされています。事前チェックが望まれますね。

 よしなしごとを書いてきましたが、本作品を前にするとしょうもないことを書いている方が気が楽です。というのも、ディナー・パーティーは言わずと知れた現代のビッグ・ネームたちによるユニットですから、うっかりしたことを書くと各方面から突っ込まれそうだからです。

 ディナー・パーティーはテラス・マーティン、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、ナインス・ワンダーといういずれも米国を代表するようなビッグ・ネームによるプロジェクトです。デビュー作の発表は2020年、当初は単発と思われていましたが、これで三作目です。

 マーティンとワシントンはサックス、グラスパーはキーボードで、いずれも西海岸と東海岸を代表する新しい世代のジャズ・ミュージシャンです。そして、ジェイZのアルバムをプロデュースしたことでも知られるナインス・ワンダーはヒップ・ホップ界を代表するDJです。

 さらに本作品にはプロデューサーとして、ケンドリック・ラマーの盟友サウンウェイヴやハイ・テック、トレヴァー・ローレンス・ジュニアなど、輝かしい経歴をもつアーティストがゲストに迎えられています。名前を調べるだけでくらくらしてきます。

 また、ボーカルの偉業には、アリン・レイ、アンソニー・クレモンズ、フォーリックス、タンクがクレジットされています。いずれも若手売り出し中のアーティストです。ここに超大物をもってこないところが奥ゆかしくて大変結構だと思います。若々しいボーカルがかっこいいです。

 ジャズをバックグラウンドに持つビッグ・ネームが3人もいることから、それぞれが楽器のソロ演奏で火花を散らす様子を想像してしまいますけれども、このディナー・パーティーにはそんな様子はまるでありません。ましてやぶんぶんと攻撃的なヒップホップでもありません。

 まるでバンド名の通り、ディナー・パーティーで演奏されるに相応しい、スムーズなR&Bアルバムだと言ってしまってよいと思います。ジャズとヒップホップが溶け合って、複雑なテクスチャーを内包しつつも、シルクのような手触りの極上のR&Bが出てきました。

 一つ話題になっているのは、グラスパーが嫌っていたはずのサンプリングが使われていることです。それもホール&オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」だとか、エムトゥーメイの「ジューシー」などの有名曲が素材になっています。高難易度も難なくクリアです。

 全9曲、いずれも3分前後で、とても短い作品であることもまたジャズ的ではありませんね。本作品に不満があるとすれば、それはその長さだけです。ディナー・パーティーにしては短すぎるでしょう。いつまでも聴いていたい極上のニュー・ソウルです。

Enigmatic Society / Dinner Party (2023 Sounds of Crenshaw)



Tracks:
01. Answered Prayer 答えられた祈り
02. Breathe 息
03. Insane 非常識
04. Watts Renaissance
05. For Granted 当然のこと
06. Secure 安全
07. Can't Go 行けない
08. The Loser East Side
09. Love Love

Personnel:
Terrace Martin
Robert Glasper
Kamasi Washington
9th Wonder
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Arin Ray, Anthony Clemons, Phoelix, Tank : featured artists