スパークスはイギリスで大きな成功を手に入れた後、アメリカに帰ることにしました。言葉が同じなのでイギリスに住んでも支障ないように思いますが、やはり違うんでしょうね。前作が思ったような手ごたえが得られなかったことからホームシックにかかった模様です。

 ロンとラッセルのメイル兄弟が帰国するに際し、イギリスで共に演奏したバンド仲間は置き去りにされました。そうして戻った当初はイギリスにわたる際に置き去りにした当初のメンバー、アール・マンキーとセッションを行い、「イングランド」なる曲を録音しています。

 しかし、ここで兄弟はニューヨークに向かい、新たなメンバーを集めて本作品の制作に取り掛かりました。ちょうどこの頃はニューヨークで起こったパンク・ムーヴメントがロンドンに飛び火し、大きなうねりとなっていた時期でした。兄弟もパンクが念頭にあったのでしょう。

 そうして出来上がったのが本作品「ビッグ・ビート」です。ソニック・ユースのサーストン・ムーアは新しいパンクのアルバムだと思ったそうです。イギリスでの三作品に比べると、むき出しのロック・サウンドになっており、確かにパンクに寄っています。

 バンドはロキシー・ミュージックのライヴでベースを弾いていたサル・メイダ、ニューヨークのパンク・バンド、タフ・ダーツのギタリスト、ジェフリー・サレン、後にソロ・アルバムを発表するドラムのヒリー・マイケルズの3人にメイル兄弟を加えた5人です。

 プロデューサーにはルパート・ホームズとジェフリー・レッサーが迎えられています。ホームズはAORの人ですし、レッサーは舞台を中心に活動していますから、パンクのアルバムを作ろうとしたのならば、まるでミスマッチな人選です。案の定不満が残ったようです。

 ノイジーなギターにシンプルなビートで、それまでのスパークスのイメージを壊すようなサウンドではあります。その意味では狙いはしっかりと果たされているのですが、ラッセルの甘い声のボーカルでスパークスを認識している人にはいつものスパークスでもあります。

 歌詞もまたパンク的です。「新しい彼女」などはポリティカリー・コレクトではありません。時間経過で劣化した彼女を捨てて新しいのに取り替えようというミソジニー丸出しの歌詞です。しかし、スパークスです。額面通りに受け取る人などいないでしょう。おそらく音楽業界のこと。

 この作品からは冒頭の「ビッグ・ボーイ」がシングル・カットされた上に、パニック映画「ローラーコースター」に使用されました。この映画では遊園地のステージで演奏するバンドとしてスパークス自身も出演しています。ひどい映画らしいですが、出演シーンは楽しそうです。

 映画と縁の深いスパークスにはこの頃フランス映画の巨匠ジャック・タチ監督の映画にかかわる予定もあったそうですが、これは立ち消えになり、代わりに「ローラーコースター」です。何ともスパークスらしいですね。どこかちぐはぐな道行きです。

 ♪みんなアホだ♪と楽し気に繰り返す「エヴリバディ・スチューピッド」が私は一番好きです。何とも深く心に染みる歌詞です。残念ながらみんなアホなので、本作品は英国でも米国でもチャートインすることはありませんでした。こんなに楽しいアルバムなのに残念です。

Big Beat / Sparks (1976 Columbia)



Tracks:
01. Big Boy
02. I Want To Be Like Everybody Else
03. Nothing To Do
04. I Bought The Mississippi River ミシシッピ川を買った男
05. Fill-er-up
06. Everybody's Stupid
07. Throw Her Away (And Get A New One) 新しい彼女
08. Confusion
09. Screwed Up
10. White Women
11. I Like Girls
(bonus)
12. I Want To Hold Your Hand 抱きしめたい
13. England
14. Gone With The Wind
15. Intrusion / Confusion
16. Looks Aren't Everything
17. Tearing The Place Apart

Personnel:
Russell Mael : vocal
Ron Mael : keyboards
Sal Maida : bass
Jeffrey Salen : guitar
Hilly Boy Michaels : drums