ここのところ日本でもインドが熱いです。ひと昔前の「踊るマハラジャ」のヒットをしのぐ「RRR」の大ヒットで一気に注目が集まりました。しかも今度はアカデミー賞も注目する世界的な大ヒットです。一段階も二段階もギアをあげたインドの世界進出です。

 そんなご時世ですから「エア・インディア」なるアルバムをジャケ買いしたとしても大して驚かれないのではないでしょうか。ひと昔前のこてこてのインドのイメージを暑苦しく描いたジャケットはなかなか味わいが深いものがあります。マサラ・ジャケットです。

 よく見るとこのジャケットの中央上部に描かれているのはエッフェル塔です。そうです。2019年に発表された本作品はフランスのアーティスト、デヴィッド・シュタンクによって制作されたアルバムです。内容はこてこてのインドとはかけ離れたものでした。

 シュタンクはタヒチ・ボーイの名でも知られるミュージシャンです。タヒチ・ボーイ&パームツリー・ファミリーとしての活動もありますが、シュタンクの名前を有名にしているのは結構な数にのぼる映画やテレビ番組のサウンドトラックでの仕事です。

 その長々とした作品リストは主にフランスの映画やテレビだったりするので、あまり馴染みがありませんが、中には日本で公開された「サマーフィーリング」などもありますし、最近では「トランスアトランティック」などネットフリックス作品もシュタンクが手がけています。

 本作品はシュタンクのインド旅行記のようです。全17曲のタイトルを眺めると、「インドへの旅」から始まり、リキシャや汽車、ガイドに海、アシュラムなどが取り上げられ、15曲目でインドから出発していますから、紀行音楽そのものの体裁です。

 大変興味深いのはシュタンクがフランス人らしくポンディシェリに向かっているところです。日本から訪れる人はそれほど多くありませんが、ここはかつてのフランス領インドの中心地でした。インドに返還されたのはインド独立後約7年後のことでした。

 現在でもフランス語話者が多いのでフランス人には馴染みが深い土地です。ここに引っ張られてブックレットにはタミール語の表記もあります。ヒンディー語ではありません。そんなフランス風のインド旅行記ですから、どことなく一味違う風味が感じられます。

 本作品のサウンドは一言でいえば無国籍なポップスということになるでしょう。多数のミュージシャンが参加していますけれども、その中でインド出身と思われるミュージシャンはタブラ、ムリダンガム、ボーカルの三名くらいです。シタールはインド人ではなさそうです。

 そうしたインド勢が大活躍しているかといえばそれほどでもなく、ショップによっては本作品を「ラテン」に分類しているところもあるくらいです。モンドやラウンジなどと呼ばれるサウンドと親和性も高く、60年代を彷彿させる懐かしさも連れてきてくれます。

 要するにサウンドトラック的なアルバムです。エスニックなインドを期待すると肩透かしをくらいますが、これもまたインド。フランス人の印象記とよめばまた味わい深い。この当時多額の負債を抱えて死に体だったエア・インディアへの応援歌でもあるのかもしれません。

Air India / David Sztanke (2019 Enterprise)



Tracks:
01. Voyage en Inde (intro)
02. Rungis Delta
03. Rickshaw
04. Le Temple
05. Je suis épuisé (interlude)
06. La fatigue et la chaleur
07. Le train
08. A National Obsession (interlude)
09. Manger épicé
10. Le somnifère (interlude)
11. Pondichéry nuit
12. Le guide (interlude)
13. La Mere
14. Ashram
15. Le départ (interlude)
16. Le pénif
17. Jour 1 (outro)

Personnel:
David Sztanke : piano, keyboards, programming
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Nicolas Woms : piano, keyboards
Lucas Henry, Didier Perrin : bass
Denis Teste : sitar, guitar
David Aknin, Mathias Fisch : drums
Thomas Kpade : cello
Mosin Khan : tablas
Venkat Sundaram : mridangam
Johane Myran : sax, trumpet
Vincent Martial : flute, percussion
Uma N. Rao, Roxanne Sidaner, Camille Clerc, Emille Demarty, Jonathan Morali : vocal, chorus
Lucie Bearvert : whistle
Macedonian symphonic orchestra