ドイツのニュー・ウェイヴ、ノイエ・ドイッツェ・ヴェレが日本に紹介されだした頃、わけもわからず手に入れた作品です。ヴィルツシャフツヴンダーというバンドの「サルモブレイ」という作品、当時はその正体も背景もまったく分かりませんでした。あるのは音だけ。

 これがなかなか掘り出し物でした。ひょうひょうとしたユーモアあふれるサウンドの虜となって、何度も何度も聴いたものです。同時期に入手したディー・ラディーラーも大好きだったのですが、ヴィルツシャフツヴンダーと一部メンバーが重なっていることに後で気づきました。

 ヴィルツシャフツヴンダーとは西ドイツの急速な戦後復興を指す言葉として有名です。直訳すると「経済の奇跡」です。ノイエ・ドイッツェ・ヴェレのバンドたちの命名センスは一風変わっています。DAFも独米友好を略したバンド名でした。どことなく政治的な色合いが濃い。

 そのヴィルツシャフツヴンダーは1980年に活動を開始しています。多国籍なバンドで、ボーカルのアンジェロ・ガリツィオはイタリアのシチリア島からやってきた移民労働者、キーボードのマーク・プルチェラーはカナダのトロントからドイツに移住してきた人です。

 後々までドイツの音楽シーンを支えることになるドム・ドコウピルは子どもの頃に家族と共にチェコスロバキアからやってきました。四人目とメンバー、ドラムのユルゲン・ボイトに至って初めてドイツ・ネイティヴが登場します。メンバー構成からしてなかなかの曲者です。

 ライナーノーツを書いているユルゲン・テイペルは、彼らが1980年6月にミュンヘンのパンク・フェスティバルに登場した際の印象をホンダシティでお馴染み「マッドネスと東ドイツの政治局員が交わったような」と表現しています。ますます曲者です。

 デビュー・アルバムとなる本作品「サルモブレイ」は、ハンブルグで設立された重要レーベル、ツィックツァックから発表されました。同レーベルはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンやディー・クルップスなど錚々たるバンドを世に問うていました。

 その中でこのヴィルツシャフツヴンダーです。彼らのサウンドはトム・ドコウピルの弟ジリによる落書き風のアートワークが見事に活写しているように思えます。トムが地下室においていた4トラックのレコーダーが録音したサウンドはハイパーDIYサウンドです。

 楽曲のタイトルも訳してみると、「文盲」、「人は面白い」、「満腹感」、「市場経済」などと不敵なユーモアを湛えています。「アイスクリーム」などはアイスのブランド名を並べて、おいしいと叫んでいるだけで、こうした意味のない世界が彼らの真骨頂なのでしょう。

 私が一番好きなのは「ブルー・シェリー」という曲です。ボードビル調のラヴ・ソングで、ガリツィオがピアノをバックに大真面目に歌いあげます。世の中を真正面からとらえてその無意味さと大真面目に格闘したかのようなすがすがしい音楽がここにあります。

 ノイエ・ドイッツェ・ヴェレ勢の中にあって、知名度こそ劣るものの、その演劇的なステージと何でもありのDIYサウンドは純度も高く、あの時代のドイツを代表するバンドであることは間違いありません。わけもわからないのに買ってよかったアルバムの筆頭の一つです。

Salmobray / The Wirtschaftswunder (1980 Zickzack)



Tracks:
01. Analphabet
02. Tanz mit mir
03. Schein
04. Die Leute sind interessant
05. Völlegefühl
06. Eis
07. Stop Talking
08. Le Rose
09. X-Y Nein Danke
10. Blue Cheri
11. Marktwirtschaft
12. Bauemlife
13. Patre Del Mondo
14. Heimweh

Personnel:
Angelo Galizia : vocal
Jürgen Beuth : drums
Tom Dokoupil : guitar
Mark Pfurtscheller : keyboards