トレスは早坂紗知と永田利樹の夫婦に息子さんであるRIOを加えたトリオです。2012年6月にアルゼンチンで結成されました。トレスとはスペイン語で「3」を意味する言葉ですが、三人の頭文字を組み合わせるとトレスになることからユニット名にしたということです。

 早坂はアルトとソプラノ・サックス、永田はベース、RIOはバリトン・サックスという異色の編成ですけれども、演奏を聴き終わる頃には、この編成が珍しいものであることをすっかり忘れてしまいます。むしろ標準的な編成なのではないかと思うほどのはまりぶりです。

 トレスは2012年にアルゼンチンツアーを行った際に結成されています。アルゼンチンはRIOが高校時代に1年間留学していた国です。そもそもプロのミュージシャンになりたいと希望するRIOにスペイン語を学ぶべきと送り込んだといいますから面白いです。

 アメリカでも今やスペイン語話者の割合はかなり高まっていますし、音楽に取り組むにはスペイン語圏、とりわけ中南米と向き合わないわけにはいかないのでしょう。ミュージシャンとして世界を渡り歩いてきた夫妻の実感がこもっています。

 RIOが帰国してから、永田が入院してライブに出られなくなった時に、まだミュージシャンとしては駆け出しのRIOを代役に立てたことから、音楽家族の家族活動が本格的に始まります。そうしてRIOの帰国後2年、3人はアルゼンチン・ツアーを行うことを決めます。

 2012年5月から6月にかけて1か月半、大歓迎を受けた彼らはトレスと名乗ってアルゼンチン各地で毎晩のように演奏しています。おりしもアストル・ピアソラ没後20年にあたった年で、アルゼンチン中で流されるピアソラの音楽にトレスもまた大きな影響を受けます。

 本作品「エスクアロ」は、トレスが日本に戻ってからアルゼンチン・ツアーの集大成として制作したアルバムです。早坂によれば「それをアルゼンチンの仲間たちに送ると、みんな大喜び。」だったそうです。アルゼンチンにすっかり受け入れられたトレスです。

 本作品にはピアソラの楽曲が4曲も含まれています。鮫を意味するタイトル曲「エスクアロ」、ジェリー・マリガンとの共作になる美しいバラード「クローズ・ユア・アイズ・アンド・リッスン」、「フーガ9」、そして不朽の名曲「リベルタンゴ」の4曲です。

 オリジナルは永田の楽曲「アビス」のみで、後の2曲はジェリー・マリガンの「バーニーズ・チューン」、そしてトム・ウェイツの「オーファンズ」に入っていた「テイク・ケア・オブ・オール・マイ・チルドレン」です。何とも意表をついた渋い選曲です。

 アルゼンチンでの興奮冷めやらぬままに作られたことがよく分かる選曲です。タンゴの破壊者ピアソラの破壊されたタンゴは私には実にちょうどよくタンゴで、アルゼンチンの風が海を渡ってやってきます。ねっとりとした生活感に溢れた生き生きとしたサウンドです。

 これほど中南米の風を感じるサウンドもありません。アルゼンチンで異邦人たるトレスが大いに受けたことも納得できます。伝統に乗っ取りながら革新を果たしたピアソラの精神を受け継いだ色っぽいサウンドです。まだ若いRIOのバリトンが光ります。

Escualo / TReS (2013 NBAGI)



Tracks:
01. Escualo
02. Close Your Eyes And Listen
03. Abyss
04. FUGA
05. Bernie's Tune
06. Take Care Of All My Children
07. Libertango

Personnel:
早坂紗知 : alto sax, soprano sax
永田利樹 : bass
RIO : baritone sax