改めて世界は広いと思い知らされました。エチオピアにもこんなピアニストがいたという事実は、冷静に考えれば不思議でもなんでもないはずなのですが、やはり驚きです。音楽は地球のあらゆる場所で栄えているという事実を再確認いたしました。

 エマホイ・ツェゲ・マリアム・ゴブルーは1923年に首都アディス・アベバで生まれたエチオピア人です。父親はドイツのウィルヘルム二世に勲章を受けたこともある外交官であり、母親はエチオピア初の女性議員となったという名門一家の生まれです。

 ゴブルーは父親についてヨーロッパ諸国を転々としながら育っており、彼の地で西洋音楽を学んでいます。7歳で初めてバイオリンを学び始め、2年後には人前で演奏していたそうですから、子どもの頃から音楽を友として育ったというだけのことはあります。

 エチオピアに帰国したものの、戦争のおかげで音楽を中断せざるをえませんでした。しかし、平和を取り戻した後は、ハイレ・セラシエ皇帝の支援を受けてエジプトで音楽の勉強を再開しました。カイロは合わなかったようですが、以降、音楽活動を続けていきます。

 そして1948年、エチオピアの教会でミサに参加していた彼女は尼僧として生きる覚悟を決めます。それから2023年に99歳で亡くなるまで、エチオピアで、あるいは80年代に移住したエルサレムにて、神に仕えつつ、音楽活動を続けました。凄い人です。

 本作品はゴブルーのソロ・ピアノ作品集です。もともとは1963年にドイツの小さなレーベルから発表された作品を2022年5月にアメリカのミシシッピ・レコードが再発したものです。ミシシッピは今やワールド・ミュージックの期待の星だといえるでしょう。

 ゴブルー自身は自分の曲作りのスタイルを「メランコリック・エチオピアン・ミュージカリティ」と呼ばれる地平にあると説明しています。西洋のクラシック音楽と伝統的なエチオピアのスピリッツを融合したサウンドを記述するに適した表現だと思います。

 ゴブルーのピアノ曲に対しては、しばしばエリック・サティが引き合いに出されます。音符に落としてみると確かにサティの作品に似ているかもしれません。ネオ・クラシカルないしはアンビエントともいえるサウンドの外観です。しかし何かが違います。

 私は素直にダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」を思い出しました。ここにはエチオピアのメランコリーが息づいています。独特のタイム感というのでしょうか、ジャズ的な感覚が強いように思います。そして、とてもリリカルであって、慈愛にあふれています。

 彼女によるそれぞれの楽曲の解説も面白いです。たとえば「ア・ヤング・ガールズ・コンプレイント」。「若い女性が人生の厳しさを嘆いている。シスターの言葉も彼女を慰めることはできない。そして彼女は涙だけが唯一傷を癒してくれることを知る」。

 エチオピアの音楽は「エチオピーク」なるシリーズで世界にその名を広めましたが、ゴブルーはその中でも注目を集めた一人です。彼女の音楽はもっともっと広く知られるべきです。半世紀前の作品ながら、とても現代的です。出会ってよかったとしみじみと思います。

Spielt Eigen Kompositionen / Emahoy Tsege Mariam Gebru (2022 Mississippi)



Tracks:
01. The Homeless Wanderer
02. The Last Tears Of The Deceased
03. A Young Girl's Complaint
04. The Mad Man's Laufhter
05. Presentiment

Personnel:
Emahoy Tsegue-Mariam Guebrou : piano