結果的に加藤和彦最後のソロ・アルバムとなってしまった「ボレロ・カリフォルニア」です。ジャケットの雰囲気は大きく変わりましたけれども、これもまた金子國義の絵に違いありません。ただし、アート・ディレクションはYMOと縁が深い奥村靫正が担当しています。

 今回のテーマはカリフォルニアです。加藤はイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」以降の「カリフォルニアの変化みたいなものを音で表現したいな、というのが漠然としたコンセプトだね」と語っています。1960年代にアメリカに行った経験のある加藤ならではです。

 その変化は端的に言えば「だってロサンゼルスほどジーンズ穿いてる人がいない街珍しいもん。居なくなってしまった。一掃されてしまった」ということです。1960年代の自由に満ちていた若者文化全盛の頃とは大きく変わってしまった。そんなところです。

 カリフォルニアの変化を音で表現するには、「だから絶対生だし、絶対アル・シュミットでやるって決まっちゃって」と、なかなか凡人には理解するのが難しい発想で本作品が制作されることになりました。なお、シュミットはスティーリー・ダンの名作「彩」などのエンジニアです。 

 結果として本作品は実に久しぶりに海外録音で制作されました。エンジニアには希望通りシュミットが迎えられ、シュミットとも縁の深いニック・デカロがアレンジャーとなりました。これまた「それも理由がないのよ。どこから最初に思いついたかわからない」。

 スタジオに集まったミュージシャンはベテランばかりで、「僕より年上の人と仕事をしたというのは久方ぶりで」と加藤は述懐しています。そういう人ばかりですから、制作は極めて速く進んだ模様です。「テイク・ツーくらいで終わっちゃうの。実際テイク・ワンだね」。

 打ち込みサウンドが普通になっていたこの頃に、あえてベテラン・ミュージシャンたちの生演奏にこだわって制作された本作品のサウンドは実にゴージャスです。生演奏の深みというかコクというか、見事な風景が広がっていきます。デカロのホーンのアレンジなど絶品です。

 アルバム・タイトルに「ボレロ」とある通り、サウンドはラテン風味にあふれています。加藤のボーカルにはラテンの匂いはしませんけれども、サウンド全体はゴージャスなラテン。広がりのあるオーケストラ・サウンドがちょっと昔のラテンを思わせます。

 加藤は本作品の前に桐島かれんを迎えた新生サディスティック・ミカ・バンドをスタートさせており、スタジオとライヴのアルバムを発表しています。前作「マルタの鷹」からミカ・バンドを経て、このアルバムという流れは何とも加藤の懐の深さを感じさせます。

 しかし、この作品を発表してからしばらくしてパートナーだった安井かずみが亡くなり、加藤の音楽活動は本作品をもって結果的に一旦区切りがつきました。同じくアメリカ録音されたソロ初期作「それから先のことは」と本作がブックエンドの両端と表現されるのも分かります。

 これまた翌年には亡くなってしまうニック・デカロのアレンジと加藤のセンスが相まって実に落ち着いた作品に仕上がった本作品には、しっとりとしたメロディーの佳曲が並んでおり、何ともいえない気持ちになります。いわゆるAORとして極上のサウンドです。

Bolero California / Kazuhiko Kato (1991 Eastworld)

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. ジャスト・ア・シンフォニー
02. 3時にウイスキー
03. マラケシュへの飛行
04. ジャングル・ジャングル
05. ほろ酔いバタフライ
06. ピアノ・BAR
07. マグノリア館
08. シバの女王
09. 愛のピエロ
10. 百合の時代

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar
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Nick De Caro : accordion, chorus
Alex Acuna, Efrain Toro : percussion
Jim Hughart, John Pena : bass
Brad Cole : piano
Dean Parks : guitar
Ramón Stagnaro : cavaquinho
Coco : bandoneon
Gary Coleman : vibraphone
Sid Page : concert master
Chuck Findley, Ron King, Al Aarons, Oscar Brashear : trumpet
Randy Aldcroft, Ernie Carlson : trombone
Gary Foster, Fred Selden, Terry Harrington, Kim Hutchcroft : sax
Maxi Anderson, Monalisa Young, Ricky Nelson, Alex Brown, Joe Pizulb, Dorian Holley : chorus