世に名高いタイタニック号の沈没事故が起こったのは1912年4月のことです。現在に至るまで文学や音楽、映画などさまざまなメディアを通じて語られ続けてきていますが、いろいろと尾ひれもついて、今だに人々を魅了する事件であり続けています。

 そのエピソードの一つに、タイタニック号が沈没する際に、甲板の上では楽団員が最後まで演奏を続けていたというものがあります。映画「タイタニック」で見た人も多いことでしょう。実際に生存者が証言していますから、確かな事実ではあるようです。

 この作品は英国の現代音楽家ギャビン・ブライアーズの出世作となった作品です。タイタニック号の楽団員の演奏を再現しようと試みたもので、新たな事実が判明するたびに手を加えているという現在進行形の作品です。録音も3回されています。

 最初の録音は1975年になされており、ブライアン・イーノのオブスキュア・シリーズの一環として発表されました。私も多くのロック・ファン同様、このシリーズのおかげでギャビン・ブライアーズの名前を知りました。現代音楽とロックを橋渡ししたイーノの役割は大きいです。

 手元にある「タイタニック号の沈没」は1990年に録音されたバージョンです。ベルギーのクレピュスキュール・レコードから発表されました。このレーベルもニュー・ウェイブ系のレーベルで、クラシックや現代音楽 Crepusculeを専らとするものではありません。

 ここでは楽団員が最後の最後に演奏していたのは讃美歌「オータム」であったという説を採用していますから、全体に讃美歌のようなサウンドがゆったりと流れていきます。アンサンブルはブライアーズを含む6人で構成されていて、管楽器と弦楽器による演奏が中心です。

 演奏場所が奮っていて、フランスの古い3階建ての給水塔を改造した場所です。本作品はそこでのライヴ演奏を収録しています。楽団員は最下層の階に配置されて演奏します。最上階は残響室の役割を果たしており、観客席は真ん中の二階に設けられました。

 変化の少ないとても静かな演奏が約60分間にわたって続けられます。とんでもないことが起きている中で、全てを通り越した心穏やかな時が流れていきます。時おり挟まれる会話や効果音がアクセントとなります。これは、ドローンによるアンビエント・テクノですね。

 ブライアーズの語るもう一つの話が興味深いです。それは、無線電信の父マルコーニが主張した、音は消えないというものです。そうだとするとタイタニック号の楽団員たちの最後の演奏も海の底に缶詰めにされています。それを開けるとこの音楽が出てくるのかもしれません。

 音は消えない、全くないとは言い切れない話だと思います。ビッグバンの痕跡が今でも残っているくらいですから。JGバラードの小説に音の掃除夫の話があります。これなど音の名残が様々な効果を生むことをお話に仕立てたものでした。

 タイタニックの悲劇のみならず、そうしたいろんな思いが交錯しながら、濃密な60分間が流れていきます。本作品はテクノ系のアーティストたちにも多大な影響を及ぼしており、エイフェックス・ツインなどは95年録音にリミックスを提供しています。そんな名作であります。

The Sinking of the Titanic / Gavin Bryars (1990 Crepuscule)

*2011年11月13日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. The Sinking Of The Titanic

Personnel:
Gavin Bryars Ensemble :
Alexander Balanescu : viola
John Carney : viola
Gavin Bryars : double bass
Martin Allen : percussion
Roger Heaton : bass clarinet
Dave Smith : tenor born, percussion, Korg M1 keyboard