前作から2年、メレディス・モンクはECMからの5作目となる作品「フェイシング・ノース」を発表しました。ECMレーベルからはコンスタントにアルバムが発表されており、この時点でモンクの織りなすサウンドはECMのカラーを代表するものでありました。

 本作品に収録された作品は全部で3作、「フェイシング・ノース」、「ヴェッセル」、「リーセント・ルーインズ」という作品からの曲が演奏されています。いずれも劇場などでパフォーマンスされたものですが、ここでは新たにスタジオで録音されています。

 中心となる「フェイシング・ノース」はモンクが1989年末にカナダに滞在した際に作られた作品です。もともとは後に発表されるオペラ「アトラス」を書くための滞在でしたけれども、ニューヨークの喧騒から離れてロッキー山脈の麓で雪景色に遭遇して急きょ書き上げられました。

 ここでモンクは長らく忘れていたこの世界の沈黙と静寂を経験し、原始的で透明なボーカルを可能にするシンプルかつクリアな構造の曲を書き上げ、北の風景を描き出しました。この場合、「北」には方角以上の精神的な意味合いが込められていると語っています。

 この曲は、モンクが長らく温めていた、アンサンブルのシンガーの一人、ロバート・イーンとのデュエット構想が最適だと判断され、二人で曲を仕上げていきます。実際にやってみると、書かれた曲を間に介することがもどかしくなり、かなり出来上がりは改変されたそうです。

 即興と作曲のせめぎ合いです。ボーカル作品ではありますが、歌詞はありませんからその点は心配ありません。こうして出来上がった作品はまず音楽作品としてコンサートで披露され、その後、振付や衣装を整えて1990年6月に劇場で演奏されています。

 続く「ヴェッセル」はノアの箱舟を題材にしたオペラです。1971年に初演されたといいますからモンクの初期作品です。3つの部分に分かれており、それぞれを異なる場所で演じ、そこを観客がバスで移動する仕組みだそうです。ニューヨークとベルリンで披露されました。

 キャストの数は150人にも上るといいますから大がかりです。ただし、全員で歌うコーラスはあるものの、基本的には音楽はモンクのソロです。その後、この作品中の音楽のいくつかはトリオ編成で対応できるように編曲されて発表されました。

 本作品に収められた曲はその一部で、ここではモンクのソロ・パフォーマンスとなっていますが、久しぶりにフレッシュな気持ちで向き合えたという作品は、トリオ用編曲の味わいも加味したソロ・パフォーマンスとなっているとされています。

 最後の「リーセント・ルーインズ」も1979年に初演された劇場作品で、ここではその中の「ボート・ソング」が選ばれています。想像上の古代社会を描いた作品で、人間の動作や発声の起源を探ること、時の謎と不可避性を捉えることはできないことがテーマのようです。

 こちらは再びイーンとのデュエットです。出自はいろいろあるものの、アルバム全体は北に向かっています。雪が世界を沈黙させるあの感覚が満ち満ちています。モンクの作り出すサウンドはまるで雪のように、喧騒の巷を静寂で覆っていくかのようです。素敵な作品です。

Facing North / Meredith Monk (1992 ECM)



Tracks:
Facing North
01. Northern Lights 1
02. Chinook
03. Long Shadows 1
04. Keeping Warm
05. Northern Lights 2
06. Chinook Whispers
07. Arctic Bar
08. Hocket
09. Long Shadows 2
Vessel : An Opera Epic
10. Epic
11. Fire Dance
12. Little Epiphany / Sybil Song
13. Mill
Recent Ruins
14. Boat Song

Personnel:
Meredith Monk : voice, piano, organ, pitch pipe
Robert Een : voice, pitch pipe