くまちゃんシールはおじまさいりのソロ・プロジェクトです。くまちゃんシールは実在するシールで、おじまがシモジマで働いていた時に「『私はこのシールが一生好きやろうな』という気持ちになり、そのまま私の名前にしようと決めたんです」というのが命名の経緯です。

 おじまはかのCASIOトルコ温泉のキーボーディストであり、neco眠るにも参加しているアーティストです。何でも地下アイドルから、ラリーズのカバー・バンドまでやっていたそうですから、その活動の幅広さが分かります。くまちゃんシールももう10年以上続いています。

 CASIOトルコ温泉のツイッターをフォローしていたおかげで本作品にたどり着きました。ただし、くまちゃんシールは「CASIOにはなじまない曲を作るのも好きだったから」ということで、トルコ温泉の音楽とはかなり感触が異なります。何というか、ちゃんとしてる感じですね。

 くまちゃんシールは2013年には楽曲をアップし始めており、2017年にはカセットテープにてファースト・アルバムを発表しています。本作品は2023年に京都のエム・レコードから発表された作品でCDないしLPとしてはくまちゃんシールにとって初めての作品です。

 もともとはエム・レコードを主宰する江村幸紀が作品をリリースしないかと持ち掛けたことがきっかけとなって本作品が制作されました。江村は「とにかく私の声を活かした作品にすると考えていた」そうで、本作品は最初から歌もののアルバムとして企画されています。

 くまちゃんシールはおじまが一人でこつこつとサウンドを作り上げていくプロジェクトですけれども、本作品ではLe Makeupこと井入啓介とTakaoがサウンドプロデュースで参加しています。二人ともエム・レコードから音源を発表しているアーティストです。

 二人の参加は途中からで、おじまが提出した音源を聴いた江村が「これじゃデモじゃん。スカスカだよ」と、二人を紹介したのだそうです。「一筆書きみたいにシンプルな曲でいいと思っていた」おじまには晴天の霹靂だったようですが、結果には満足している様子です。

 本作品についておじまは「完成した作品は私っぽいなとも思うんです。『みんなでおり直した折り鶴』みたいな印象があるんですよね。折り目が多くてちょっとクシャクシャっとしてる」と語っています。それにしては破綻のない綺麗な折り目のような気もしますけれども。

 外部の手が入っているからか、サウンドは意外にDIY的な感じはしません。「きれいなシールが貼ってある」美しく穏やかなエレクトロニクス・サウンドに、合唱団のようなおじまのボーカルがふわふわと宙を舞う、そんなサウンドです。押しつけがましさが一切ありません。

 おじまは、ポップスへの恩を感じていないことが引け目だったと言います。そのため、レンガで家を作るようにして音楽を作れず、作った家がみんなワラだと。そして、ようやく「恩知らずでいい」と開き直って、「庵を結ぶみたいな考え方」で音楽を作ったのが本作品です。

 ジャンルレスな本作品を聴いているとこの言葉がすとんと腑におちてきます。単語の連なりや意味のない言葉を歌うおじまの清く正しい声にはどの伝統にも属さないような妙な強さを感じます。CASIOとはまるで表情が違いますけれども、これはこれでいい感じです。

Kumachan Seal / Kumachan Seal (2023 エム)

参照:「Interview|くまちゃんシール2023年5月」松永良平(AVE)



Tracks:
01. 食む
02. 狼の庭
03. ラドナミン
04. ペディキュア
05. CHINA珊都異知
06. 晩夏
07. 芦毛の馬
08. 生牡蠣
09. カヌーで火を焚く
10. 羹
11. TINYCELL

Personnel:
おじまさいり
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Le Makeup
Takao