たびたび収録時間の話題で恐縮です。トッド・ラングレンの6枚目のアルバム「未来神」は二枚組の前作よりも収録時間が長いにもかかわらずLP1枚に収められました。前々作で限界に挑戦しましたが、今度はその限界をも越えています。恐るべし。

 オリジナル盤には、古い針は使わないこと、音が小さいと感じた場合には一旦テープに録音して、そちらを再生すべしと注意書きが添えられていたそうです。ビニール不足もありましたが、ラングレンがB面全部を占める組曲35分を分けたくなかったというのが主因です。

 この頃のラングレンはシンセ全開のプログレッシブ・ロック・バンドであるユートピアを始動させており、そのデビュー作も発表されていました。本作品のA面にはユートピアの面々も参加しています。なお、ラングレンをしのぐ人気者Mフロッグは参加していません。

 本作品はユートピアとしてやってもよかったような作品ですけれども、ここはラングレンが一人でシンセを思う存分弾きまくりたいという思いが勝ちました。行き着いた先がB面の大組曲「宇宙炎に関する論文」です。シンセ全開のインスト曲をワンマンでやっています。

 なお、A面はリック・デリンジャーやエドガー・ウィンターなどのゲストも登場するボーカル曲ばかりです。中には、アカペラを処理した「全能の人」という実験的な曲もあります。邦題だと分かりにくいですが、原題は「ボーン・トゥ・シンセサイズ」。納得です。

 邦題と言えば、本作品からのシングル・カット曲である「リアル・マン」には「内なる心の輝き」なる邦題がついています。いかにもラングレンらしい節回しのメロディアスな曲ですけれども、この邦題はいただけません。意訳にもほどがあると思います。

 ラングレンのアルバムはどんなに実験的になっても必ず美しいメロディーで後に残る代表曲が一曲は含まれているところが面白いです。ここでは明らかに「内なる心の輝き」です。いつもよりポップさは少しばかり薄いですが、ひょろひょろボーカルが美しい名曲です。

 本作品は原題の「イニシエーション」からも想像される通り、かなりスピリチュアルを強調する内容になっています。「東方の陰謀」にはキリスト、モハメッド、仏陀とならんでグルジェフやシュタイナー、文鮮明まで登場します。シンセの音が軽いので深刻にはなりませんが。

 注目はA面最後の曲「美しき前ぶれ」です。エドガー・ウィンター・グループと共演したソウルフルな楽曲ですが、内容はB面は大変だぞ、覚悟がないと聴けないぞ、という警告です。どこまでシリアスなのか分からないのがこの頃のラングレンです。

 そのB面「宇宙炎に関する論文」はシンセ全開のインストゥルメンタル大作です。基本的にはポップなプログレ曲といえるラングレンらしいサウンドです。フュージョン的ともいえます。各楽章にはスピリチュアル知識をひけらかすタイトルがつくところに本気を感じます。

 とはいえラングレンの場合にはだれもそちら方面での議論を深めようとしません。どんなに精神世界に分け入ってみても、世間はラングレンにポップ職人の姿しか認めない。そこがラングレンのいいところです。きらきらしたサウンドはそれだけで十分に楽しいですから。

Initiation / Todd Rundgren (1975 Bearsville)

*2013年8月7日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Real Man 内なる心の輝き
02. Born To Synthesize 全能の人
03. The Death Of Rock & Roll ロックン・ロールの死
04. Eastern Intrigue 東方の陰謀
05. Initiation 未来神
06. Fair Warning 美しき前ぶれ
07. A Treatise On Cosmic Fire 宇宙炎に関する論文
1) Intro-Prana 序章ープラーナ
2) The Fire Of Mind Or Solar Fire 第二章:情炎または陽炎
3) The Fire Of Spirit Or Electric Fire 第三章:精神炎または電光炎
4) The Internal Fire Or Fire By Friction 第一章:内的炎または摩擦による炎
1. Muladhara : The Dance Of Kundalini
2. Syadhishthana : Bam, Bham, Man, Yam, Ram, Lam, Thank You Mahm
3. Manipura : Seat Of Fire
4. Anahata : The Halls Of Air
5. Vishudda : Sounds Beyond Ears
6. Ajna : Sights Beyond Eyes
7. Brahmarandhra : Nirvana Shakti
5) Outro - Prana 終章:プラーナ

Personnel:
Todd Rundgren : piano, string ensemble, keyboard computer, synthesizer, guitar, percussion, vocal, electric sitar
***
Kevin Ellman, John Wilcox, Roy Markowitz, Bernard Purdie, Rick Marotta, Chris Parker, Barry Lazarowitz : drums
John Siegler, John Miller, Dan Hartman : bass
Ralph Schuckett : clavinet
Moogy Klingman : keyboard computer
Rick Derringer : bass, guitar
Barbara Burton, Lee Pastora : percussion
Roger Powell : nose flute, synthesizer
Bob Rose : guitar
Dave Sanborn, Edgar Winter : sax