ブルクハウゼンはドイツのバイエルン州にある人口2万人に満たない小さな街です。しかし、ここでは1970年以来、毎年3月に国際ジャズ週間が開催されており、「バヴァリアのニュー・オーリンズ」と呼ばれるジャズのメッカになっています。かっこいいですね。

 ジャズ週間には大規模なコンサートの他に、新旧市街でさまざまなジャズのイベントが開かれており、著名なミュージシャンも小さな会場に飛び入り参加するなどフェスの空気が横溢するようです。この種のフェスとしては世界最大級のものだとのことです。

 ロスコー・ミッチェルとノート・ファクトリーは2007年3月の第38回国際ジャズ・ウィークに参加しました。なお、この年にはディジー・ガレスピー・オール・スター・ビッグバンドやスコット・ハミルトン、ティム・リースのローリング・ストーンズ・プロジェクトなどが演奏しています。

 ミッチェルのこのパフォーマンスはドイツのラジオ局によって録音されており、3年後にECMからめでたくCDとして発表されました。それが本作品「ファー・サイド」です。ラジオでも放送されたと思われますが、これを流すラジオ局というのも素敵ですね。

 名義はロスコー・ミッチェルとノート・ファクトリーとなっています。ノート・ファクトリーはダブル・カルテット形式です。一つはミッチェルのサックス、クレイグ・タボーンのピアノ、ジャリブ・シャヒッドのベース、タニ・タバルのドラムによるカルテットです。

 このカルテットは毎回変わらないのですが、もう一つのカルテットはアルバムごとに変化しています。ここでは、トランペットのコリー・ウィルクス、ピアノのヴィジェイ・アイヤー、ベースとチェロにハリソン・バンクヘッド、ドラムにヴィンセント・デイヴィスが構成メンバーです。

 この中で俄然注目されるのは「衝撃のピアニスト」と呼ばれるアイヤーの参加です。本作品がアイヤーにとってのECMデビュー作で、これを機にECMからリーダー作を発表していくことになります。注目されたACTからの「ヒストリシティー」は本作録音後発表前の作品です。

 アルバムは最初にクライマックスでもある30分以上に及ぶ三部作「ファー・サイド」で始まります。オクテットによる演奏ですが、霊妙な、と表現するのが適切なアンビエント的な演奏で幕をあけ、やがておどろおどろしく爆発していきます。恐るべき30分間です。

 ここでのウィルクスのトランペットには多くの人が亡くなったレスター・ボウイの影を見ています。ミッチェルの作品は作曲と即興の境目がはっきりしませんから、あるいは作曲パートがボウイを意識していたのかもしれません。ますます「霊妙」という形容詞が似合います。

 後半の3曲は、トリオになったり、クインテットになったりとオクテットでどしゃどしゃ演奏するのとはかなり違う構成の妙が味わえます。特にバンクヘッドのチェロの活躍が目立ち、ミッチェルのモダン・クラシック的な側面を体現していてかっこいいです。

 この年、ミッチェルは66歳です。もはやトレードマークになった丸いサングラスを身につけたポートレートが渋いです。アルバムのサウンド同様に、静かな佇まいの中にぎっしりと音と音ならざるものが凝縮しています。濃密な時間が味わえる霊妙な一枚です。 

Far Side / Roscoe Mitchell and The Note Factory (2010 ECM)



Tracks:
01. Far Side / Cards / Far Side
02. Quintet 2007 A For Eight
03. Trio Four For Eight
04. Ex Flover Five

Personnel:
Roscoe Mitchell : sax (sopranino, soprano, alto, tenor and baritone), flute, piccolo
Corey Wilkes : trumpet, flugelhorn
Craig Taborn : piano
Vijay Iyer : piano
Jaribu Shahid : double bass
Harrison Bankhead : double bass, cello
Tani Tabbal : drums
Vincent Davis : drums