セルジュク・ラスタムはインドの最南端にあるケララ州出身のアーティストで、現在も同州の州都コチ、昔のコーチンをベースに活動しています。公式HPによれば、ラスタムは「画家、音楽家、キュレーター、プロデューサー、レコーディング・エンジニア」です。

 ラスタムの名前が日本でも知られるようになったのは、2019年に東京で開催されたアジアン・ミーティング・フェスティバル(AMF)に参加してからでしょう。AMFは日本とアジアのミュージシャンの交流を促進するために大友良英が2005年に始めたイベントです。

 AMFは今や実験音楽、即興音楽、ノイズの分野におけるアジア有数のフェスティバルとして知られており、ラスタムは2019年のAMFにて、タイやベトナム、インドネシア、シンガポール、台湾のアーティストや日本から参加した大友良英、石橋英子などと共演しています。

 音楽家としてのラスタムは独学なのだそうで、アルト・サックス、ギター、パーカッションやシンセサイザーなどを、数々のセッションで演奏しています。その作品は「ビジュアル作品の延長であり、歓びに満ちたノイズとシンプルでナイーブなメロディーのミックス」だと評されます。

 本作品はラスタムによる初のフィジカル作品です。この作品はコチにあるラスタムのスタジオで2016年から2021年の間に録音されています。収録された全10曲はいずれも即興で作曲され、シングル・テイクで録音されたと記されています。

 それも経営するスタジオで行われたレコーディング・セッションの合間を縫って、そこに居合わせたミュージシャンたちを参加させるという形で行われています。スタジオ経営者ならではの特権です。参加者はラスタムの他には3人ですが、一曲オーケストラも入っています。

 アルバムは地元コチンのストリング・オーケストラをフィーチャーしたギター曲で始まります。ゆったりとしたアンビエント的な楽曲で、ストリングスの入り方などにインドらしいところが感じられます。コチの湿ったのんびりした空気を思い出させる逸品です。

 2曲目は演劇のために作曲された曲でガムラン風のパーカッションが響きます。3曲目には地元ケララのマラヤラム語会話をフィールド録音した素材が使用されています。1970年代の録音でアメリカの民俗音楽研究家アラン・ローマックスのコレクションから採られています。

 このあたり、インディアン・エスニックへのラスタムの関わり方が面白いです。自身のルーツではあるものの、自身にとっても半ばエキゾチックなかつてのインドの風景。ジャケットも市場でみかけた無名のアーティストのペインティングが使用されています。

 このようにインド的な要素はにじみ出てきてはいるのですが、基本的にはコンテンポラリーなオーガニック・サウンドによるスケッチ集といった趣きの作品です。長期間にわたってぽつりぽつりと録音された作品らしく、一曲一曲が独立しており、ベスト・アルバム的でもあります。

 とぼけた感じのボーカル曲もあり、カンタベリー系のオーガニック・サウンドを思わせます。フリー・ミュージックの晴れやかさもあり、ニュアンスに富んだエレクトロニクスもある。ジャケット内側の満面の笑顔が似合う作品集です。ひたすら気持ちがいいです。

Cardboard Castles / Seljuk Rustum (2023 Hive Mind)



Tracks:
01. Body Of A Dolphin, Breasts Of A Cloud
02. The Dancer Is Seen Not Heard
03. Desi Bunny
04. The Happiest Country Has No History
05. Sometimes I Sink A Thousand Centuries
06. Fallen Sky
07. Oriental Doom (Paper Rocket Migration Dreams)
08. Export Quality
09. Cardboard Castles
10. Zen Coma

Personnel:
Seljuk Rustum : piano, synthesizer, sequencer, guitar, sax, voice, percussion
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Sekhar Sudhir : violin, guitar, mandolin, Melodica
Akshay Ashokan : guitar
Joffy Chirayath : drums
Cochin String Orchestra