マリー・ローランサンの絵はとても軽やかです。私の中では高畠華宵など大正ロマンの三弦となりくらいに位置しています。そのローランサンの名前をタイトルに冠した加藤和彦の作品「あの頃、マリー・ローランサン」です。「探偵物語」のサントラに次ぐリリースです。

 ローランサンはもちろん20世紀前半にフランスで活躍した人ですし、金子國義の絵画がジャケットに使われていることから、「ヨーロッパ三部作」の続編だと思っていたものですから、当時初めて聴いた時にはずいぶんと驚いたものです。

 本作品について、加藤は「あそこでAORをやってみたかったんだよね、僕にとっての」と語っています。そして、「いちばん何も加工していないアルバムだから。」という通り、三部作の緊張感とは無縁の肩の力の抜けたアルバムになっています。

 加藤のボーカルも「仮歌のつもりで歌ってるんだけども、後でそれを越えられなかったっていう。」という言葉の通り、生々しいです。演奏も「全員ナマで、みんな連帯責任で、一人間違うと全員やりなおさなきゃならないっていう状態で、完全ナマで録音して。」という状況。

 要するに作りこまれていません。とはいえ「愛したのが百年目」では、「イントロは完全、キッド・クレオールのパクリ。」とあるように、加藤水準での作りこまれていなさという意味です。聴きどころの多い見事なサウンドであることは間違いありません。

 安井かずみの歌詞も少しだけ身近なところに降りてきました。何でも東京で暮らす男女の情景をテーマとしているんだそうです。なるほど身近な気がするはずです。歌で描かれているドラマも身につまされます。一曲一曲が愛おしい、見事なAORです。

 私が一番好きな曲は「ニューヨーク・コンフィデンシャル」です。この曲のみ東京ではありませんが、矢野顕子がピアノを弾きながら泣いたという切ない歌詞が美しいです。サウンドも向井滋春のトロンボーン・ソロを始め、完璧なAORっぷりがいいです。

 安井の自画像だと言われている「愛したのが百年目」では、男をふりまわす気まぐれな女性が描かれています。それを筆頭に、女に逃げられた男ばかりが描かれていて、祭りの後的な雰囲気が濃厚です。そんな気分の時に聴くと泣けてきます。

 参加ミュージシャンは、ほとんどがお馴染みの顔ぶれですけれども、ベースに米国の超有名セッション・ミュージシャンのウィリー・ウィークスが参加していることが特筆されます。大きく目立つわけではありませんけれども、高橋幸宏とのリズム・セクションは完璧です。

 矢野のピアノや高中正義のギターもさりげなく素晴らしい。全員がナマですから、スタジオ・ライヴ録音です。セッションの模様が目に浮かぶような軽やかな演奏がなんともいえません。発売当時は三部作の影に隠れて目立ちませんでしたが、見事な傑作でした。

 その真価はじわじわと発揮され、発表から20年後には何と若いミュージシャンによるトリビュート・アルバムが制作されていますし、本作品を加藤の最高傑作と評する人まで出てきています。加藤和彦の作品はどれも時代を越えています。本作品もまさにそう。

Anokoro, Marie Laurencin / Kazuhiko Kato (1983 CBSソニー)

*2013年12月7日の記事を書き直しました。

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. あの頃、マリーローランサン
02. 女優志願
03. ニューヨーク・コンフィデンシャル
04. 愛したのが百年目
05. タクシーと指輪とレストラン
06. テレビの海をクルージング
07. 猫を抱いてるマドモアゼル
08. 恋はポラロイド
09. 優しい夜の過ごし方
10. ラスト・ディスコ

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar
***
高中正義 : guitar
矢野顕子 : piano
高橋幸宏 : drums
Willie Weeks : bass
浜口茂外也 : percussion
清水靖晃 : clarinet, sax
清水信之 : synthesizer, piano, sitar
向井滋春 : trombone
坂本龍一 : organ, vibraphone, glockenspiel
大空はるみ : vocal, guitar
ジェイク・H・コンセプシオン : sax
Joe Katoh Strings, 大野ストリングス : strings