ミニマル音楽の代表的なアーティストであるフィリップ・グラスの「ソロ・ピアノ」集です。ここではいつものアンサンブルではなく一台のピアノによる演奏だけ、しかも自作自演となっており、ピアノを演奏しているのもグラス自身です。失礼ながらちょっとはらはらします。

 グラスは若い頃からフィリップ・グラス・アンサンブルを結成して自身の作品を演奏してきました。次第にアンサンブルは人気を博し、欧米諸国を精力的にツアーして回ります。20年間で700回を超えるコンサートを行ったそうですから忙しいです。

 作曲のための一人の時間をとろうと決意したグラスは、グラス抜きのアンサンブルでツアーできるように舞台作品「屋根の下の1000台の飛行機」を作曲します。こうしてグラス抜きのアンサンブルがツアーしてまわっている間にグラスはニューヨークで一人の時を過ごします。

 しかし、アンサンブルがいない間に書きためていたソロ作品を練習する時間を見つけたグラスはソロ・アーティストとしてコンサートを開催するに至ります。最初はニューヨーク、続いて全米でと結構な回数のソロ・コンサートを開いています。まったくアーティストという人種は。

 本作品はソロ・コンサートを成功させたグラスが、ソロ・ピアノ曲3曲を録音したアルバムです。最初の曲は5つのパートに分かれている組曲「変身~メタモルフォシス」です。フランツ・カフカの有名な小説「変身」に基づく演劇から名前をとった曲です。

 3番と4番は劇伴曲で、1番、2番、5番はグラスが音楽を担当したエロール・モリスのドキュメンタリー映画「シン・ブルー・ライン」のテーマを使用しています。映画は警官殺害事件を扱ったかなり不穏なポストモダン的ドキュメンタリーのようで、音楽も恐ろし気です。

 2曲目の「マッド・ラッシュ」は1981年にニューヨークで行われたダライ・ラマによる初めての演説の際に作曲されました。最初はダライ・ラマが教会に入場する際にオルガンで演奏され、やがて舞踊「マッド・ラッシュ」に伴奏曲として採用されたという経歴があります。

 最後は「ウィチタ渦巻スートラ」、アレン・ギンズバーグの詩です。グラスが長年の友人であるギンズバーグとニューヨークの書店で偶然出会った時に、何か一緒にやろうと即決した際にその場でギンズバーグの本に手を伸ばして選んだのがこの詩だったとのことです。

 グラスはギンズバーグの朗読のリズムに合わせて作曲しました。二人はベトナム帰還兵のベネフィットの場で初めてパフォーマンスを行っています。1988年のことで、その後も、ギンズバーグが詩を朗読し、グラスがピアノを演奏する形です。

 2016年には日本でもパフォーマンスが行われました。その際、朗読したのはパティ・スミス、投影されたのは村上春樹の訳詩と柴田元幸の書き下ろしという豪華さでした。もちろんピアノはグラスです。本作品には朗読はありません。グラスのピアノだけが収録されています。

 いずれの曲もグラスにしてはロマン主義的だと言われています。とはいえ、そこはグラスらしく反復を多用したミニマル音楽的であることは変わりません。ソロ・ピアノらしく音で埋め尽くされた空間が不穏に響いたり、ロマンチックに響いたりと興味は尽きません。

Solo Piano / Philip Glass (1989 CBS)



Tracks:
01-05. Metamorphosis
06. Mad Rush
07. Wichita Vortex Sutra

Personnel:
Philip Glass : piano