加藤和彦によるヨーロッパ三部作の第二弾「うたかたのオペラ」です。今回のテーマは1920年代のベルリンです。本作品が発表されたのは1980年、1920年代とは違いますけれども、ベルリンにはまだ東西を隔てる壁がそそり立っていました。

 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年のことです。本作品発表当時のベルリンは壁で分断された悲劇の街なんです。東西統一後のドイツのイメージとはずいぶん異なります。構成主義風ジャケットも現役で似合う、そんなイメージをもった街でした。

 ドイツが選ばれた理由は、フランスにはまだ触れられないから、そんなことだったようです。そして、作詞を担当する安井かずみはドイツが大嫌いだったので、山ほどベルリンの本を買ってきた加藤が彼女を説得するのにずいぶん時間がかかったそうです。

 本作品も参加メンバーをベルリンに集めて合宿しながら制作されました。当初はYMOの三人とギターの大村憲司が参加する予定でしたが、「すみません、坂本が体調が悪くて行けなくなりました。代わりに矢野(顕子)が行きます」と矢野が参加しました。

 いわば高級合宿、その極意は演奏者がみんな大御所になってしまって、「良い意味でスレちゃってテンションがない」ので、とにかく外に連れ出して、「本当に違っちゃう」ことでテンションを高めることでした。そうしてドイツの空気が演奏に影響を与えていきます。

 壁のあるベルリンは甚大な影響を及ぼしたようで、「あっ、全部クラフトワークじゃない」とはしゃぐ細野晴臣を除き、みんなから笑顔が消えてしまったとのことです。デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」のベルリン、クラウトロックのベルリンですから。

 そんなわけで、前作の南国風の明るさはここにはなく、重苦しい緊張感に覆われた作品になりました。ここでもタンゴやルンバ、ワルツにロシア民謡と多彩なサウンドが繰り出されるのですけれども、テイストはラテンではなくて完全にゲルマンのヨーロッパです。

 いかにもドイツ的なのはサウンド・コラージュの「Sバーン」です。ベルリンの音に東京にてヒカシューの「巻上に一人で一時間くらい。『ハッ、ハッ、ハッ、フッ、フッ、フッ』ってやらせて」音を重ねた曲です。ボウイのベルリン三部作のインスト曲を思わせます。

 一方、この作品には「絹のシャツを着た女」という資生堂のCMのテーマソングとしてお茶の間に流れた曲が含まれています。この曲のみ坂本龍一が参加しており、久しぶりのシングルでもあり、少々ヒットしましたけれども、重苦しいアルバム中にあっても座りがいいです。

 ドイツ嫌いだった安井ですけれども、どの曲の歌詞も素晴らしいです。♪もう二度と思い出とワルツ踊らない♪とかキラー・フレーズ満載ですが、そこだけ取り出しても魅力は半分も伝わりません。全部引用してもおそらくダメ、やはり音楽と共に聴いてなんぼです。歌詞の鑑。

 とにかく、これまた素晴らしいアルバムです。バグルス風ニュー・ウェイヴなテイストもありながら、まんま20年代のドイツという奇妙なアルバムでもあります。全曲を通して聴いてこそ魅力の伝わる超絶お洒落なコンセプト・アルバムです。4種類あるジャケットもかっこいい。

L'Opéra Fragile / Kazuhiko Kato (1980 ワーナー)

*2013年12月3日の記事を書き直しました。

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. うたかたのオペラ
02. ルムバ・アメリカン
03. パリはもう誰も愛さない
04. ラジオ・キヤバレー
05. 絹のシャツを着た女
06. S-Bahn
07. キャフェ・ブリストル
08. ケスラー博士の忙しい週末
09. ソフィーのプレリュード
10. 50年目の旋律
(bonus disc)
01. アラウンド・ザ・ワールド(ダブ)

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar, tap, electronics, birds
***
高橋幸宏 : drums, ULT sound
細野晴臣 : bass, electronics, percussion, Moog, ULT sound
坂本龍一 : piano, Prophet 5
矢野顕子 : piano, xylophone, Prophet 5
大村憲司 : guitar
岡田徹 : organ
清水信之 : Prophet 5, orchestration
佐藤奈々子 : chorus, vocal arrangement
松武秀樹 : programming
巻上公一 : voice
Heinz von Herman : sax
Gunter Melde : strings