最近はわけの分からない歌ばかりが幅を利かせ、本物の音楽はどこに行ってしまったんでしょう。昔の歌は本当に良かった。ああいう歌を歌う新しい歌手はもう出てこないのでしょうか。私たちはステレオの前に座って昔のレコードを聴くしかないのでしょうか。

 サム・クックのRCAからのセカンド・アルバム「ヒッツ・オブ・ザ・50’s」はそんな嘆きを抱えた人々に向けて制作されました。残念ながら新しい曲はありませんけれども、1950年代の本物の歌を歌う、ハリー・ベラフォンテかシドニー・ポワチエを思わせる若者の登場です。

 制作意図はこの通り、デビュー作の世界一周旅行からがらりと趣向を変え、本作品では時間を旅するサム・クックなのでした。選ばれた曲はいずれも1950年代にヒットしたスタンダード曲ばかりです。ロックン・ロールもゴスペルもブルースも一旦横においています。

 本作品はデビュー・アルバムを制作したわずか3週間後、まだアルバムが発売される前に録音が始まっています。RCAのプロデューサー、ヒューゴ&ルイージはサム・クックを獲得すると猛烈な勢いで音源の制作にとりかかったのでした。

 アルバムに収録された曲は、トニー賞を獲得した1954年のミュージカル「パジャマ・ゲーム」からの「ヘイ・ゼア」に始まり、ナット・キング・コールが1950年にヒットさせた「モナ・リザ」、同じくコールの翌年の全米ナンバー・ワン・ヒット曲「トゥー・ヤング」へと続きます。

 さらに1955年のプラターズによる「グレイト・プリテンダー」や、カントリーの名曲「風来坊の歌」、アカデミー歌曲賞を受賞した映画「カラミティ・ジェーン」の「シークレット・ラヴ」、同じく映画「ムーラン・ルージュ」の曲などなど有名なスタンダード曲ばかりです。

 最後の曲「ヴィーナス」はショッキング・ブルーの曲ではなくてフランキー・アヴァロンの全米1位曲ですけれども、発表されたのは1959年2月のことです。本作品が発表される1年ちょっと前の曲にすぎません。決して懐メロばかりということではないのです。

 しかし、見事に大ヒットしたポピュラー音楽のスタンダード曲ばかりです。それを黒人の若者サム・クックが歌い上げる。演奏も前作同様にグレン・オッサーによるオーケストレーションが加わります。予算の都合でややその役割は減っているのですけれども。

 こうしてみると、ジェームズ・ブラウンやオーティス・レディング、リトル・リチャードにチャック・ベリーといった黒人の歌い手が音楽業界を揺さぶる衝撃的な登場をしたのに対し、クックは白人歌手の土俵に上らされて勝負することを強いられたことが分かります。

 しかし、サム・クックは本当に歌がうまい。またまた間抜けな感想ではありますが、甘い甘いスタンダードを歌っても実に素晴らしいです。歌のうまさにはさまざまな意味合いがありますが、クックの場合は100人が100人ともに上手いという類の歌のうまさです。

 伸びやかなロング・トーンでも強靭なばねというかリズムを秘めていることが分かります。何という歌手でしょう。本作品が大ヒットしたとは聞きませんけれども、異種格闘技戦でも圧倒的な実力を発揮するサム・クックの姿が刻印された作品として長らく生き残っています。

Hits of the 50's / Sam Cooke (1960 RCA)



Tracks:
01. Hey There
02. Mona Lisa
03. Too Young
04. The Great Pretender
05. You, You, You
06. Unchained Melody
07. The Wayward Wind 風来坊の歌
08. Secret Love
09. The Song From Moulin Rouge ムーラン・ルージュの歌
10. I'm Walking Behind You 君を慕いて
11. Cry
12. Venus

Personnel:
Sam Cooke : vocal
***
Al Casamenti, Barry Galbraith, Charles Macey, Clifton White, Arthur Ryerson : guitar
Lloyd Trotman : bass
Bunny Shawker : drums
George Gaber : percussion
Andy Ackers, Bill Rowland : piano
James Buffington, Anthony Miranda : French horn
Julius Baker, Jerome Weiner : flute
Eddie Costa : vibes
Gloria Agostini, Laura Newell : harp
Glenn Osser : orchestra conductor