サディスティック・ミカ・バンドが消滅した後、加藤和彦は「一年なにも仕事をしてなくて、わたしはそれで財産をなくしました」。安井かずみと出会い、その家に転がり込んでいた加藤は、さすがに何かしたくなり、お互い、作詞家と作曲家だからとアルバムをつくりました。

 それがこの作品「それから先のことは...」です。加藤によれば、「完全にいわゆる私小説的アルバム」です。「まるでなんにも考えなくて、彼女が勝手に詞を書き、僕はプライベートな曲を作って、アレンジも何もしない」という「非常にプライベート」なアルバムです。

 しかし、プライベートであっても、パーソナルな感じはしません。それはひとえにマッスル・ショールズのミュージシャンたちによる見事な演奏のせいでしょう。「アレンジも何もしない」とは、マッスル・ショールズ入りをした後の話です。じゅうぶん、してますよね。

 本作品で演奏しているのは、米国アラバマ州のマッスル・ショールズのハウス・ミュージシャンたちです。ジミー・ジョンソン、ロジャー・ホーキンス、デヴィッド・フッド、バリー・ベケットのいわゆるスワンパーズです。アレンジを担当したのもベケット、日本人は加藤だけ。

 マッスル・ショールズのミュージシャンたちはアレサ・フランクリンなどのバックを務めるなどの活躍をしていた人々です。この頃、ポール・サイモンの名作「ひとりごと」への起用をきっかけに彼らに再び注目が集まって来ていました。実力派はいつまでも忘れられないものです。

 このアルバムでもマッスル・ショールズ・リズム・セクションは本当に見事な演奏を聴かせてくれます。特に変わったことをしているわけではありませんけれども、とにかく深い深い味わいがあって、陽だまりの中で命の洗濯をしているような気になります。

 そんな聖地ともいえるマッスル・ショールズですが、加藤は当地を訪れた時に、日本人は珍しいということで、パブ兼ステーキハウスでサインをねだられ、「おばさん、貼るとこないから、ミック・ジャガーなんて剝がしちゃって僕のを貼ってる」なんて経験をしています。
 
 閑話休題、加藤はこうした見事な演奏を得て、実にひょうひょうといつもの通り、気持ちよさそうに歌っています。私小説が普遍性を獲得していて、開かれた私小説になっています。いちはやくレゲエのエッセンスも取り入れ、自然体の音楽が奏でられています。

 加藤は、この作品について、「僕、好きだけどね、あれ。純粋、いちばんフォーク・ソングかもしれない」とも、「レコードを媒体としたラヴレター集みたいなの、ある種」とも語っています。アコギ一本でも成り立ちそうな楽曲群ですが、深い深い演奏が曲を完璧にしています。

 ポラロイド写真をあしらったジャケットもとてもお洒落です。スーツにスニーカーの取り合わせは田舎の教師の定番ですけれども、さすがは加藤和彦です。この上なくかっこいいです。ジャケットの色合いといい内袋のセンスといい、何とも洒落ています。

 この作品で聴かれる演奏は決して古びることはないでしょうし、淡々とした震えるボーカルもいつまでもモダンです。個性のぶつかりあいだったサディスティック・ミカ・バンドを解散して、新たなパートナーとの新しい旅立ちを記すことになった見事なアルバムだと思います。

Sorekara Sakino Kotoha / Kazuhiko Kato (1976 ドーナッツ)

*2013年11月25日の記事を書き直しました。

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. シンガープーラ
02. それから先のことは
03. ジャコブ通り
04. それぞれの夢
05. キッチン&ベッド
06. 貿易風
07. 春夏秋・・
08. 光る詩
09. 二度日の冬
10. 淋しい歌のつくり方

Personnel:
加藤和彦 : vocal, acoustic guitar
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Jimmy Johnson : electric guitar
Barry Beckett : keyboards
Roger Hawkins : drums
David Hood : bass
Pete Car : guitar
Tim Henson : keyboards
Harrison Calloway : trumpet
Harvey Thompson : tenor sax, flute
Charles Rose : trombone
Ronnie Eades : baritone sax