モンク、修道僧、という名前に引きずられてしまうのでしょうか、メレディス・モンクには中世が似合います。通算7作目、ECMからの4作目にあたる「ブック・オブ・デイズ」はジャケットからしてまさに中世のヨーロッパのイメージです。見事にはまっています。

 本アルバムはモンクによる同名の映像作品と不即不離の関係にあります。音楽には映像仕様とコンサート仕様があり、さらに「耳のためのフィルム」であるとするアルバム仕様があり、それぞれに手が加えられています。丁寧な仕事ぶりです。

 モンクは、1984年の夏、自宅の床を掃いている時に、ふと中世のユダヤ人集落のストリートに立つ少女のイメージを思い浮かべます。これが種となって、「魔術と詩の伝統」に立った映像作品が作られていきます。それが「ブック・オブ・デイズ」です。

 映画の主人公は14世紀に生きている若いユダヤ人女性エヴァです。自身にとっては当惑の種ですが、彼女には飛行機や車、ニューヨークの街並みなどの現代のヴィジョンを見る能力があり、それを絵に描いています。こうして映画は中世と現代を行き来していきます。

 少女の絵は正しく理解されるはずもなく、アウトサイダーである狂気の女性に心を寄せていきます。やがて集落は疫病によって壊滅し、600年後に発掘されるに至ります。中世の生活を現代のテレビがドキュメントするかのような映像もあるようで、とても面白そうです。

 モンクは「『ブック・オブ・デイズ』は時間の透明性と相対性についての映画だ」と語っています。すべてが同時に起こっている感覚、円環する時間、歴史は思考であり、永遠は今である。物理学の説明でしばしば使われる時間羊羹の感覚でしょうか。

 いずれにせよ映画を見ていないので偉そうなことは言えないのですが、ジャケ写やブックレットにあるモノクロの写真群をみていると何となく感覚は分かってきます。その映画のための音楽を、音楽作品として再構成したものが本作品です。

 演奏しているのはモンクとそのボーカル・アンサンブルです。モンクを含め12人のボーカリストによるボイス・パフォーマンスによる音楽です。ここでは言葉はありません。すべてスキャットによるパフォーマンスです。伴奏はいつものように最小限にとどめられています。

 ジャケットの少女を演じるのはトビー・ニューマン、後にメゾソプラノのオペラ歌手としても活躍する歌手です。彼女はこの後も長らくモンクの舞台に上がります。少女が心を寄せる狂女は予想される通り、モンクが演じています。迫力のボーカルはアルバムのハイライトです。

 アルバムのサウンドだけからは物語を再構成するのはもちろん難しいですけれども、各楽曲のタイトルに手掛かりはありますし、不穏なサウンドがディープな中世ヨーロッパに連れて行ってくれます。その意味ではサウンドだけでも独り立ちしています。

 それにしてもボーカルには情報量が多い。最小限の伴奏だけで描かれる濃密なサウンドスケープに圧倒されます。確かに声の情報の中には時間羊羹全体が含まれているようにも感じてしまいます。現在過去未来がすべて声に凝縮しているようなそんな感覚です。

Book Of Days / Meredith Monk (1990 ECM)



Tracks:
01. Early Morning Mzelody
02. Travellers 1,2,2
03. Dawn
04. Travellers 4 Churchyard Entertainment
05. Afternoon Melodies
06. Fields / Clouds
07. Dusk
08. Eva's Song
09. Evening
10. Travellers 5
11. Jewish Storyteller / Dance / Dream
12. Plague
13. Madwoman's Vision
14. Cave Song

Personnel:
Meredith Monk : voice, keyboards
***
Johanna Arnold : voice
Joan Barber : voice
Robert Een : voice, cello
John Eppler : voice
Ching Gonzalez : voice
Andrea Goodman : voice
Wayne Hankin : voice, grosser bock, hurdy gurdy, bass recorder
Naaaz Hosseini : voice , violin
Toby Newman : voice
Nicky Paraiso : voice
Timothy Sawyer : voice
Nurit Tilles : keyboards, hammered dulcimer, piano