サディスティック・ミカ・バンドは1975年10月2日から24日までイギリスでライヴを行っています。日本のロック・バンドとしては異例のことですから、これを逃すわけにはいかないとばかりに、ツアーの翌月にニュー・アルバム「ホット・メニュー」が発売されました。

 LPの帯には、「堂々、英国制覇を成し遂げた日本最大のロック・グループ」と紹介されています。「世界中でオーソライズされたSMB」とも小さく印字されています。ただ、当時大きな話題になったかといえばそうでもないように記憶しています。ロックはまだマイナーでした。

 「ホット・メニュー」が録音されたのはツアー直前の7月のことです。加藤和彦によれば、「ツアーのほうが先に決まったから、アルバムを作らなきゃいけないと。それで『ホット・メニュー』をでっちあげた、というに近い」というばたばたぶりです。

 しかも、サディスティック・ミカ・バンドからは「ギリギリでロンドン公演が決まる前に小原が抜けちゃった」というわけで、ベーシストが不在となってしまいました。そこで白羽の矢がたったのは後藤次利です。よしだたくろうのツアーに参加していたところを引き抜かれました。

 前作がコンセプト・アルバムだったのに対し、本作品はいかにも急造アルバムらしく各楽曲の作者がバラバラです。特に前作は松山猛がほぼ全曲の作詞を担当していたのに対し、本作品では高橋幸宏やミカなどメンバーに加え、音楽評論家の今野雄二も参加しています。

 軽やかな曲が多く、ちゃっちゃっと作った感じがします。そこが好き嫌いの分かれるところなのでしょうけれども、ちゃっちゃっとこんな作品を作ってしまえる実力は凄いものだなと改めて感じ入ってしまいます。とにかく演奏がかっこいいことこの上ありません。

 しかし、加藤は、「ほとんどバラバラ、グショグショアルバムだね。ツアーのためだけに作ったみたいなもんだよね。テンションはすごくきついけれども、あれはアルバムとしては、不思議なアルバムだよね」と散々ないいようです。よほど小原の脱退が応えたのでしょう。

 ところで本作品の1曲目「ワカチコ」は♪ワカチコワカチコ♪と合いの手が入るインストゥルメンタル曲です。高中正義のギターの音色をもじった楽曲で、これが後にスペクトラムと少年隊を経て、ゆってぃーのネタ「ワカチコ、ワカチコ」につながります。感慨深い話です。

 一方、ジャケットは麻布十番温泉で撮影されています。カメラマンはデヴィッド・ボウイの写真で世界に名を知らしめた鋤田正義で、銭湯と交渉して早朝に撮影が行われました。お湯は抜けないということで、裏面には入浴している今井裕の姿が写っています。

 とまあそんな話題の多いアルバムですが、「黒船」の影に隠れて、あまりアルバム自体が話題になることは多くありません。前作同様にクリス・トーマスがプロデュースしていますけれども、スタジオでかけた時間は前作よりははるかに少ない模様です。

 サディスティック・ミカ・バンドは英国ツアーに出かける前にはすでに「完全に解散の了解があった」ということで、本作品制作時にはうっすらとそんな了解があったのでしょう。そんな空気が漂っている作品でもあります。そんな中でもこれだけの作品を作るのは凄いことです。

Hot Menu / Sadistic Mika Band (1975 ドーナツ)

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. Wa-Kah! Chico
02. ミラージュ
03. ブルー
04. マダマダ産婆
05. ヘーイ ごきげんはいかが
06. オキナワBOOGALOO
07. それ行け!トーマス
08. ファンキーMAHJANG
09. テキーラ・サンライズ

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar,
ミカ : vocal
高中正義 : guitar
後藤次利 : bass
今井裕 : keyboards
高橋幸宏 : drums