中学生の頃にはすっかり洋楽小僧と化していた私は、何とも貧乏くさい日本のロックなど見向きもしませんでした。しかし、この作品を友人に無理やり聴かされて、驚きました。目の前が開けるような体験でした。というわけでこれは私の偏見を取り除いてくれた作品です。

 そんな体験もあり、私はサディスティック・ミカ・バンドの2枚目のアルバム「黒船」は日本のロック史における名盤中の名盤だと思っているのですが、世間はどうもそこまでではないようです。ミュージック・マガジン誌の40周年記念ランキングにも入っていません。おかしい。

 この作品の最大の話題は、ロキシー・ミュージックやピンク・フロイドを手がけ、ビートルズにも関わったクリス・トーマスがプロデュースしていることでした。まだプロデューサー稼業が確立していない日本にいきなり本場のプロデューサーが乗り込んできました。

 加藤和彦は、ロキシーの追っかけをしていた今野雄二とロンドンで遊んでいて、ロキシーの面々と仲良くなり、その関係でトーマスとも知り合っています。そしてサディスティック・ミカ・バンドのデビュー盤を聴いたトーマスからプロデュースのオファーがあったとのことです。

 「黒船」は「スタジオに入る前に曲が出来ていない」状況で制作されました。ピンク・フロイドなどは普通のことですが、日本ではそんなことは全く初めての経験だったそうです。しかもトーマスはバンドをスタジオに入れると「なんにも強要しないし、勝手に遊ばせ」ます。

 そんな状況でメンバーは自由にあれこれやっていたのでしょう。すると時おり「クリスがパパッと入ってきて『今のはなんだ』。そこだけ録るって言って、全部やっちゃって、つなげて曲にしちゃう。それを松山猛が全部聴いて、詞を作っていく」。その結果がこの作品です。

 「黒船」は松山のコンセプトだそうです。洋楽コンプレックスのアンチテーゼで、日本が黒船に乗って世界に出ていくということなんでしょうか。トーマスこそが黒船だったようにも思います。本場のプロデュース技を目の当たりにしたことは彼らの以降の活躍に繋がったでしょう。

 サディスティック・ミカ・バンドは本作品から今井裕が加わって6人組となりましたが、前作からの変化はそれ以上のものがあります。加藤によれば「パンク」だった前作も傑作でしたが、こちらはまるでプロ仕様です。奥行きがあってゴージャスなサウンドです。

 高中正義のスケールの大きなギターの響きや、高橋幸宏と小原礼の底知れぬリズム・セクションといい、何とも大きくて深い。ちっとも貧乏くさくありません。洋楽コンプレックスも無縁だったように思います。さすがは日本で初めてロールスロイスを購入した加藤です。

 アルバムはペリーの黒船をテーマにしたコンセプト・アルバム仕様になっています。ミカがボーカルをとる「タイムマシンにお願い」が楽曲としては頭抜けて目立っているものの、アルバム全体が一つの作品として愛でるのが基本です。あっという間です。

 イギリスでもEMIのプロモーションもあって大いに話題になりました。中国風のオリエンタリズムではなく、慣れ親しんだ日本を自然にロックに持ち込んだ大傑作だと思います。こんなアルバムはこれ以前にはもちろんこれ以降もないのではないでしょうか。

Black Ship / Sadistic Mika Band (1974 ドーナツ)

* 2013年11月21日の記事を書き直しました。

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. 墨絵の国へ
02. 何かが海をやってくる
03. タイムマシンにお願い
黒船
 04. 嘉永六年六月二日
 05. 嘉永六年六月三日
 06. 嘉永六年六月四日
07. よろしくどうぞ
08. どんたく
09. 四季頌歌
10. 塀までひとっとび
11. 颱風歌
12. さようなら

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar
ミカ : vocal
小原礼 : bass, vocal, percussion
高橋幸宏 : drums, percussion
今井裕 : keyboards, sax
高中正義 : guitar